「裸の島」

2017年04月17日 18:07

「裸の島」

文芸坐三浦館、本日上映の作品は、新藤兼人監督作品「裸の島」であります。

むぅむぅ(義父)が、
無音ではありませんが、セリフの無いこの映画を観つづけるには根気が求められます。
しかし、夫婦が唯々、黙々と働きつづける姿を追った映像の迫力には圧倒されます。

俳優は、
妻役の乙羽信子、夫役の殿山泰司、それに子役の二人だけのキャスト4人という映画です。

瀬戸内の孤島で自給自足の生活をする家族の生活をひたすらに描いていますが、
当時倒産寸前だった「近代映画協会」の解散記念として製作されたにもかかわらず、
1960年(昭和35年)の公開後に各賞を受賞し興行的にも大成功を収めたという、
近代映画協会」を復活させた偉大な作品であります。

大規模なオープンセットを作ったり、エキストラを大量に動員したり、CGを使ったりして
巨額の製作費を使わなくても、名画が撮れるということを実証した映画だと云えるでしょう。

それにしても、
開拓農民の子として育てられたわたしにとって、この映画の労働シーンはリアリティがあります。

「寝ずの番」

2017年04月16日 18:25

「寝ずの番」

本日文芸坐三浦館が上映いたしました映画のご紹介でおます。

寝ずの番

中島らもさんの小説が原作でして、
俳優の津川雅彦さんがマキノ雅彦の名で初監督した2006年公開の映画でおます。

さて、
“寝ずの番”云いまんのは、
所謂、通夜の晩に故人を偲んで寝ずに夜明かしする風習のことだす。

この映画は、故・六代目笑福亭松鶴師匠ご夫婦がモデルやそうでっけど、
或る落語の師匠の通夜で、その弟子である落語家連中が寝ずの番しながら、
みな芸を披露し合うっちゅう、そんな趣向の映画になってまんにゃわ。

その出演者でっけど、
中井貴一木村佳乃堺正章笹野高史岸部一徳高岡早紀
木下ほうか田中章土屋久美子真由子石田太郎蛭子能収
長門裕之富司純子といった面々でんねんけど、その“芸”の見事なこと。

俳優がここまでやれるかぁと、正直驚きましたで。

ほんでね、
わたし黒澤明監督の「どん底」のラスト、馬鹿囃子のシーンを思い出しましたわ。

なんですわねぇ・・・、
やっぱ俳優が監督やと、俳優に求める芸のクオリティーちゅうもんは高くなるんちゃいます?



「駅 STATION」

2017年04月15日 17:17

「駅 STATION」  

文芸坐三浦館、本日上映の作品は、
降旗康男監督作品で1981年公開の「駅 STATION」です。

主人公を演じるのは高倉健

主人公を取り巻くのは、
倍賞千恵子いしだあゆみ烏丸せつこ古手川祐子といった女優たち。

高倉健さん倍賞千恵子さんといえば、文芸坐三浦館でも先日上映したばかりですが、
山田洋次監督作品「幸福の黄色いハンカチ」を思い出します。

その山田洋次監督は、1931年生まれですが高倉健さんと同い年です。
駅 STATION」の脚本を書かれた倉本聰さんは1934年生まれですが、
その倉本聰さんと同年なのが、山田太一さんであります。

この人たちが創られたテレビドラマや映画や戯曲で、
どれだけの日本人が、楽しみ、喜び、励まされ、泣いたことでしょう。

駅 STATION」にしても、
冬の北海道と雪と演歌と女たちと高倉健、そういった要素が全て活かされています。

これも、
降旗康男監督の力量と、倉本聰さんの描く世界の為せる業かしら?
ちなみに、降旗康男監督も1934年生まれでいらっしゃいます。


ところで、
今月から始まった倉本聰さんのテレビドラマ「やすらぎの郷」を毎日楽しみにしています。

テレビ界で功績のあった人たちだけが選ばれて、
老後を過ごすことができる「やすらぎの郷」という老人施設がドラマの舞台です。

往年の俳優たちが多く出演しているのも、
倉本さんが俳優たちに“当て書き”していることでも興味深いドラマであります。

もし、テレビや映画や舞台の世界で活躍し功績のあった人たちが過ごせる
“やすらぎの郷”が、本当にあったのだとしたら、高倉健さんも、
山田洋次さんも、降旗康男さんも、山田太一さんも、倉本聰さんも、
そして、むぅむぅ(義父)だって入ることができたのになぁ・・・と思います。


「八甲田山」

2017年04月14日 18:38

「八甲田山」

文芸坐三浦館、きょうは新田次郎の小説の映画化作品「八甲田山」の上映です。

監督は森谷司郎、音楽は芥川也寸志、主演は高倉健北大路欣也ですが、
公開されたのは1977年6月で、わたしが演劇科に入学した直後でしたから印象に残っています。

「天は我々を見放した!」というセリフが有名になりました。


ところで、真冬の八甲田山でのロケは、
日本映画史上類を見ない過酷なものだったそうで数々のエピソードを残したそうです。

或るとき、
雪の中に立つ高倉健さんの背景に山の稜線を撮りたい監督は健さんを立たせたまま
何時間も天気が回復するのを待ったのだそうです。

近づいて毛布でも渡したいところですが雪に足跡がつくのでスタッフも近づけませんし、
健さんも腰を下ろすことができませんから、健さんは独りで立ちつづけたのだそうです。

高倉健さんは撮影終了後に監督に一言こう言いました。
「監督、煙草吸いすぎですよ」

健さんは、
何時間も撮影を待つ間、イライラした監督が吸った煙草の本数を数えていたのです。

そして、健さんは「八甲田山」以来煙草を止めたのだそうです。

わたしの好きなエピソードであります。

また、雪の積もる河原から崖を登るシーンで、
或る俳優が、本当に滑落しそうになって弱音を吐いていたら、
加山雄三さんが、下から俳優の足元に自分の手を差し込んで助けつつ、
「黙って登れ!」と激励したというエピソードも好きです・・・。

加山雄三は見放さなかった!

「切腹」

2017年04月13日 18:17

「切腹」

本日の文芸坐三浦館で上映したのは、
小林正樹監督作品で1962年(昭和37年)公開の松竹映画「切腹」です。

この映画をむぅむぅ(義父)が観たのは、
去年6月10日にわたしと池袋の新文芸坐に観に行って以来のことです。


ところで、昔わたしが俳優訓練を受けていた当時、
演劇科のT先生の授業で“切腹を演じる”課題を与えられたことがあります。

しかし、学生たちはT先生からなかなかOKをいただけませんでした。

学生はみんな無対象行動ながら、
白刃を腹に突き立て顔を真っ赤にして力一杯に苦悶を表しています。

すると先生が立ち上がって学生のところに行き、
学生の腹を人差し指の先で押しながら「どう?痛い?」と訊ねました。

学生が頷くと、
「こんな太い指だって、強く押せば痛いからお腹に力を入れちゃうよね?
 だからサ、みんなのやり方だと腹筋が締め付けて刃が入らないんだよなぁ・・」
とおっしゃったのです。

つまりT先生は、
「切腹ってのは腹の力をゆるめて腹を切り割くことなんだよ」とおっしゃったのです。

ですから、
真っ赤な顔をして力を入れたりしては、腹を切ることができないと言うのです。
真っ赤な顔をした芝居は“真っ赤なウソ”だということです。 

それを知った上でこの「切腹」という映画を観ると、その凄さが解ります。



「天国までの百マイル」

2017年04月12日 17:38

「天国までの百マイル」

文芸坐三浦館、本日上映の作品は、
浅田次郎の小説「天国までの百マイル」の映画化作品です。

2000年公開、監督は早川喜貴
出演は時任三郎八千草薫大竹しのぶ羽田美智子柄本明、他。

それにしても、
大竹しのぶという女優は、こういう役を演らせても巧いなぁと思います。

バブルが崩壊し、会社が倒産し、妻子も出て行き、多額の借金が残り、
幼馴染みの会社で働きながらホステスにも養ってもらっている堕落した主人公。

或る日、彼の母が心臓病が悪化して倒れたという報せが届きます。

奇跡的に母を救うには、千葉の鴨川に在るサンマルコ病院の
神の手を持つ心臓外科医にバイパス手術をしてもらうしかない。

そう悟った主人公は、
周囲に反対されながらも、母をバンに乗せ100マイル先の病院に向かいます。


ところで、
サンマルコ病院というのは架空の病院ですが、
鴨川に小説のモデルになった病院が在ります。

実はわたしの主治医が、
むかしその病院の救命救急センターのセンター長だったY医師です。

Y医師の奥さまも、その病院で看護師をなさっていました。
そして、奥さまとかみさんは長年のフラ仲間でもあります。

Y医師というのは、
むかし警察庁の長官が拳銃で撃たれ重体に陥ったという事件がありましたが、
そのときN医大病院の高度救命救急センター長として緊急手術を執刀し、
長官を助けた神の手を持つお医者です。



「フラガール」

2017年04月11日 18:09

「フラガール」

文芸坐三浦館、
本日上映の作品は、李相日監督作品2006年公開「フラガール」です。
出演は松雪泰子蒼井優富司純子豊川悦司岸部一徳、他。

ところで皆さん、
フラガール”ですが、映画で描かれた音楽と踊りが全て“フラ”だと思ったら間違いますよ。

フラ”も描かれていますが、“タヒチアン”も描かれているからです。

諸説あるようですが、
ポリネシア文化の起源は、紀元前の大むかしポリネシアの人たちが
何千年もかけて太平洋をカタマランやカヌーで島々に渡り移住したことから始まりました。

例えば、そうしてたどり着いたタヒチでは、
人々が神に祈るときや、娯楽としての踊りや歌や音楽が今の“タヒチアンダンス”の起源です。

それから数百年経ってタヒチアンたちが再び太平洋を航海しハワイ諸島へたどり着きました。
こうしてハワイで“タヒチアンダンス”やポリネシア文化が独自に昇華したのです。

タヒチアンは、
ハワイでは「カヒコ」と呼ばれる古典的なスタイルのフラのスタイルになり、一方では、
アメリカの音楽や楽器と相まって「アウアナ」と呼ばれる現代的なスタイルのフラが登場し、
これが、現在のハワイアンつまり“フラ”や“フラダンス”になったのだそうです。

したがって、
フラガール」の「旧・常磐ハワイアンセンター」では広くポリネシアンダンスを踊っていますから、
ホントは「常磐ポリネシアンセンター」ということになってしまいますが、開業当時の観客は、
男性中心の団体客でしたから、カラダの露出度が高いタヒチアンダンスを踊っていても、
集客のキーワードは、馴染みの“ハワイアン”である必要があったのでしょう。

これらは、モチロンかみさんの受け売りです。




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