「タンポポ」

2017年03月16日 23:59

「タンポポ」

わたしの故郷浜松に「劇団たんぽぽ」という児童演劇の劇団があります。
わたしも小学生だったころ、毎年の学校公演で観劇していました。
わたしの演劇体験は、「劇団たんぽぽ」が最初でした。

その「劇団たんぽぽ」が、ことし創立70周年を迎えたのだそうです。


さて、
きょうの文芸坐三浦館は、たんぽぽはたんぽぽでも映画の「タンポポ」であります。

1985年公開の伊丹十三脚本・監督作品。
食と生と愛のオムニバス映画であり、映画へのオマージュでもあります。

主人公のタンポポを演じた宮本信子
タンポポを日本一のラーメン屋に育てるプロデゥーサーに山﨑努
渡辺謙加藤嘉安岡力也桜金造大滝秀治が周りを固め、
役所広司黒田福美岡田茉莉子嵯峨善兵田中明夫高橋長英橋爪功
藤田敏八原泉津川雅彦中村伸郎林成年井川比佐志三田和代
上田耕一篠井世津子、そして、この映画の撮影日の翌日に急逝された
大友柳太朗といった豪華キャストの布陣であります。

そして、
日本映画史に残る卵の黄身の口移しを演じたヤクザの情婦、
マナー講座でパスタを食べる女性たち、蕎麦屋の店員など、
我が先輩・同期・後輩たちも出演しています。

ところで、
タンポポ」の各エピソードは、どれもおもしろいのでありますが、
わたしがスキなのは、「蕎麦屋」と「中国料理店」であります。

「蕎麦屋」は、
大滝秀治さんが演じる「先生」と呼ばれている老人が、
蕎麦屋で、愛人から止められている天婦羅そばと鴨南蛮とぜんざいを注文して
蕎麦を平らげたあとでぜんざいのモチを喉に詰まらせるというエピソード。

「中国料理店」は、
中村伸郎さん演じる東北大学名誉教授を騙るスリが、
胡散臭い投資話に乗ったふりをして、高級北京ダックにありつき、
ついでに懐から札入れをすろうとして刑事にお縄になるというお話。

なぜ、この二つの場面がスキなのかと申しますと、
他の場面も、それぞれに食べ物や食べ方が美味そうなのですが、
特に、このお二人の食いっぷりがなんとも美味そうなのでありますよ。

ですから、これを観ると蕎麦と北京ダックが食いたくなります。

そこで、
きょうは、友人二人がわたしを食事に誘ってくれたので、蕎麦にしました。


ところで、上映開始してから後悔したのですが、
経口摂取が困難なむぅむぅ(義父)にとっては酷な映画でした。



「天井桟敷の人々」

2017年03月15日 18:43

「天井桟敷の人々」

本日の文芸坐三浦館上映作品は、
マルセル・カルネ監督作品、1945年公開のフランス映画「天井桟敷の人々」であります。

製作期間3年3ヵ月、製作費に16億円を費やしたという超大作で、
その時代からも判るようにフランス映画史上に残る名作と言われています。

ところで、
わたしが演劇科の学生になった1977年(昭和52年)5月、
天井桟敷の人々」の主人公を演じたジャン=ルイ・バローを、
観世能楽堂で行われた銕仙会主催のシンポジウムで観たことがありました。

観世寿夫氏、観世静夫氏、野村万作氏と共に舞台に立たれ実演されたのでした。

ジャン ルイ バロー

正直言って、
当時、バロー氏がなにを話しているのか理解が追いつかなかった覚えがあります。

しかし、シンポジウムが始まる前に、
ジャン=ルイ・バロー観世能楽堂の能舞台に口づけしているのを見た」と、
そのシンポジウムを主催した一人である恩師が話してくれたことがありました。

その話をしたときに、恩師が涙ぐんでいたことだけは憶えています。


そういえば、
わたしは昔、NHKホールの舞台で働いていたことがあるのですが、
或る時、舞台上でなにかの仕込み作業をしているわたし達のところに、
外国人の一団が、舞台の下見にやって来たことがありました。

話している言語は、どうもフランス語のようでしたが、
そのなかの一人が舞台の前面に立って客席を眺めながら、なにか指示していました。

彼が大声で話すフランス語がうるさかったのですが、
わたしは気にも留めず、作業をつづけておりました。

しばらくして、
皆になにか指示していた大声の中年のオッサンがわたしに近寄ってきて、
わたしに話しかけながら握手を求めるので、わたしも握手に応えました。

わたしだけにでなく、わたしの周りにいた他のスタッフにも握手して、
そのオッサンは、一団と共に賑やかに去ってゆきました。

後で判ったことでしたが、
その中年のオッサンは、イヴ・モンタンだったんです。

彼もまた、NHKホールの舞台にキスしていましたよ。
だから、フランス人はみんな舞台にキスするんじゃね?



聴く映画「ザッツ・エンターテインメント!」

2017年03月14日 17:11

「ザッツエンタテインメント」

むぅむぅ(義父)は、
血中酸素濃度98~99%を維持するようになりました。

そこで、
供給酸素量を元の量に戻すことにしました。

今朝、熱も平熱に戻りましたが抗生剤の点滴投与はつづいています。


そこで、
きょうの文芸坐三浦館といたしましては、
観て楽しめなくとも、聴いて楽しめる映画、
ザッツ・エンターテインメント!」を再上映することにいたしました。

これは、先日むぅむぅの誕生日に上映した作品です。
誕生日には、姉が買ってきたケーキにロウソクを立て、
かみさんと3人でハッピィーバースデイを歌って祝いました。

その時むぅむぅは、
レアチーズケーキとリンゴゼリーとチョコプリンを食べたのでした。


さて、「ザッツ・エンターテインメント!」は、
“星の数より多くのスターがいる”と謂われたMGM社の創立50周年を記念して、
1974年に製作されたミュージカル映画のアンソロジーですが、
アメリカ合衆国が創った巨大なエンターテインメントの宝庫であります。

そんな映画を創った国へ、きょうの午後、息子(次男)は戻ってゆきました。



枕元

2017年03月13日 21:58

各位

きょうは、
文芸坐三浦館をお休みさせて頂きました。

唯一のお客さまの血中酸素濃度が、
80%を下回ってしまい、
体温が40℃ちかくまで上がってしまったからです。

そこで、お医者さまに往診もしていただき、
抗生剤の点滴投与をしていただきました。

また、供給酸素量を
毎時1リットルから、毎時7リットルに上げました。

おかげさまで、
熱は少し下がり、血中酸素濃度も95%以上に持ち直しました。

そんな具合で、当映画館の支配人といたしましては、
いましばらく、お客さまの枕元から離れられません。

このブログも携帯で枕元から記しております。

明日の開館は、未定です。


文芸坐三浦館支配人

映画「欲望という名の電車」

2017年03月12日 18:55

「欲望という名の電車」

本日の文芸坐三浦館は、
昨日につづいてヴィヴィアン・リー主演の映画を上映したいと思いました。

昨日上映した「風と共に去りぬ」は、約4時間の超大作でありますが、
ヴィヴィアン・リーという女優は、よくあの難しい役を演じきったものだと思います。

そこで、
本日文芸坐三浦館で上映する映画は、
1951年アメリカで公開された「欲望という名の電車」であります。

テネシー・ウィリアムズの同名の戯曲を映画化した作品であります。
もうひとりの主演はマーロン・ブランド、監督はエリア・カザンでした。

ヴィヴィアン・リーが演じた主人公の「ブランチ・デュボア」という女性は、
アメリカ南部の元・大地主だった名家出の未亡人という設定でありますが、
風と共に去りぬ」の主人公「スカーレット・オハラ」のその後をイメージし、
人物を重ねて観た人も多かったのではないでしょうか?

マーロン・ブランドが演じた主人公の兵隊あがりの工場労働者という設定も、
実際に電気工・配管工だったマーロン・ブランド自身と重ねて観ることができます。

それにしても、古今東西の映画が数ある中で、ヴィヴィアン・リーが演じた
スカーレット・オハラ」と「ブランチ・デュボア」の二役は、
演じることが最も困難な主人公だと云えるでしょう。
その意味で、ヴィヴィアン・リーは驚異的な女優であります。

欲望という名の電車




「風と共に去りぬ」

2017年03月11日 18:55

「風と共に去りぬ」

お待たせいたしました。

おかげさまで、
むぅむぅ(義父)の熱も下がりましたので、文芸坐三浦館の上映を再開します。

本日の文芸坐三浦館上映作品は、アメリカでは1939年(昭和14年)に公開の
風と共に去りぬ」であります。ちょっと長い映画です。

原作はマーガレット・ミッチェルの長編小説。
監督はヴィクター・フレミング
主演はヴィヴィアン・リークラーク・ゲーブル
日本で公開されたのは戦後、1952年(昭和27年)になってからでした。
東京の有楽座が先(9月)だったようですが、10月には人世坐でも上映しています。

なにしろ二度と創ることができない大作・名作と謂われた映画ですが、
フルカラーや映画のスケールや俳優の演技を楽しむのもよし、
戦前にこのような作品を作ることができたアメリカの国力に驚くもよし、
奴隷制度があった時代のアメリカ南部の生活と文化と歴史を学ぶもよし、
現代のアメリカや現政権と比較するもよし、

そして、6年前に起こったことを想って
「After all,tomorrow is another day」というセリフをつぶやくもよし、であります。


ところで、
「After all,tomorrow is another day」は、公開当時、
「明日は明日の風が吹く」と訳され、流行語にもなりました。

しかし、
直訳すると、「結局、明日という日は別の日(昨日や今日とは)だ」

そこで、
「(昨日や今日とは違う)明日という日があるわ」という訳はいかがでしょう?

貴方なら、どう訳しますか?





「子別れ」

2017年03月10日 18:59

繁盛していた魚屋が酒でしくじってしまうのが「芝浜
腕のいい左官が博打でしくじってしまったのが「文七元結
腕のいい大工が酒と女でしくじって女房子どもと離縁する「子別れ

いずれも、腕のいい職人が「飲む、打つ、買う」でしくじる噺です。

酒と博打と女、いずれも、
宵越しの金は持たないと謂う職人たちの生き方で楽しみだったのでしょう。

また、三毒煩悩ということを申しますが、
「欲張り、怒り、愚かさ」という人間の煩悩なんかも落語のテーマであります。


病人に、煩悩の噺を聴かせるのもどうかと思いますが、
むぅむぅ(義父)も落語好きでしたから、聴かせております。

きょうは金曜日ですから、午前中には、介護士、来客、看護師、
午後は、入浴介助のみなさん、医師、看護師、介護士の訪問とつづきました。

あまりにタイトなスケジュールですので、
文芸坐三浦館の映画や文芸坐三浦寄席の落語をゆっくり楽しむことができません。
したがって、きょうはお休みしようと思ったのですが、夕方になって一段落しましたので、
落語「子別れ」のDVDをかけました。

啖呵

子別れ」は、
通しで演りますと長い噺なので、上・中・下とに分かれております。
きょうの「子別れ」は、下であります。

腕のいい職人だった大工の熊さんが、山谷の寺での葬式で酔っ払い、
帰りに吉原に繰り込んで三日も居続けてから家に帰りました。

まだ吉原の気分が抜けない熊さんが、吉原の女郎の惚気を云ったがために、
愛想を尽かした女房が子どもを連れて出て行ってしまいます。

そこで、女郎を後添えにしたものの、
朝寝はするし、家事はやらないし、昼間っから酒は飲むしでヒドイ女。
その女も家を出ていってしまいます。ここまでが、上と中であります。

独りになって初めて目が覚めた熊さん、酒を絶ちます。
それから3年。元々腕のいい職人ですから仕事は絶えることがありません。
大きな仕事の口が舞い込みます。

或る日、
大店の番頭と木場に木を見にゆく途中で、遊ぶ我が子に再会します。

訊けば、
女房は再婚もせず、間借りして近所の仕立て物をしながら子育てしているらしい。

つましい生活をしていると聞いた熊さんは、子どもを不憫に思ってに50銭を握らせます。
「オレからもらったって言うんじゃねーぞ」と言い聞かせたのですが、
母親にその50銭が見つかってしまいます。

「この50銭はどうしたの?」と訊いても「どっかのおじさんにもらった」と応える子ども。
ウソをついていると思った母親が、ゲンノウ(金槌)でぶつよと脅しますと、
「おとっつあんにもらったんだい」と白状してしまいます。

子どもから、
おとっつぁんは、まじめに働いているようだと元亭主のことを聴いた女房は、
子どもと熊さんに逢いにゆくのでしたが・・・。

下だけで演るときには「子は鎹(かすがい)」というお題にもなる「子別れ」、
芝浜」も「文七元結」も「子別れ」もハッピーエンドです。

いいですねぇ、落語はハッピーエンドで。





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