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週刊現代8ミリビデオマガジン

2020年02月02日 12:06

8ミリビデオマガジン

1988年のことだった。

母校演劇科の先輩で同窓会事務局で付き合いもあった磯貝陽悟氏から、
「ビデオを創るからプロデューサーをやってくんないか?」と誘われた。

当時、講談社の「週刊現代」の記者だった磯貝氏は、
暴力団を取材し、ロス疑惑事件を追い、日航機墜落事故ではいち早く御巣鷹山に登った。

そんな磯貝氏が、講談社から依頼を請けて8ミリビデオ版の「週刊現代」を創ることになった。

それには、こんな理由がある。
8ミリビデオカメラやビデオデッキを売りたいソニーにとって悩みどころはソフトが無いことだった。

そこで、広告を出している各出版社に独自のソフトを作らせようと考えたワケだ。
世間にVHSのようにビデオソフトが普及すれば、ハードも売れると思ったのだろう。

その意向を受けた講談社は、週刊現代にそれを指示した。
製作資金はソニーからの広告宣伝が充てられたのだと思う。

多忙な週刊現代編集部としては、それを磯貝氏に委託したのだった。
ところが、編集部から担当するスタッフを充てがうことはできなかったのだ。

そこで、磯貝氏からもう一人の先輩とわたしに白羽の矢が立ったのだ。

請けた仕事は1年間、月刊で10本30分の内容のビデオを製作することだった。

8ミリビデオマガジンVol2

「週刊現代」の8ミリビデオ版だが、本家の「週刊現代」に合わせる必要はなかった。
約10分程度の「特集・〇〇」と、「日本の名医」という医療もの、「美女が食べる」というグルメ、
「ざつだん」という蘊蓄や、街を歩いている人にセミヌードを頼む「脱ぐ人だれた」といった内容。
ほぼコンセプトは「週刊現代」っぽかった。

映像を創る仕事が初めてだったわたしは戸惑いもしたが、
取材や撮影を通して、随分多くのことを学ばせてもらった。

その意味で、磯貝氏には感謝している。


磯貝氏は、地下鉄サリン事件が起きると事件を取材するだけでなく、
被害者のリカバリーサポートを目的にした組織を創り、事務局を担っていた。

その磯貝氏が1月22日に肺ガンのため亡くなった。
いまはただ、ご冥福を祈るばかりである。

合掌



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