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松浦の太鼓

2019年09月12日 12:34

三世中村歌六

きのうのことですが、
歌舞伎座興行「秀山祭九月大歌舞伎」の夜の部を観に行ってきました。

初世中村吉右衛門の功績を顕彰し、その芸と精神を継承することを目的とする秀山祭。
今回は、初世吉右衛門の父である三世中村歌六の百回忌追善興行でもありました。


きのうは、
孫が一歳の誕生日を迎えた(アメリカ西部時間9月10日)ことが優先し、
「秀山祭九月大歌舞伎」の夜の部を観たことは書きませんでしたが、
きょうになって、つらつらと考えたことがありしたためることにしました。

寺子屋

夜の部は、
「菅原伝授手習鑑 寺子屋(てらこや)】
「歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)」
忠臣蔵外伝「秀山十種の内 松浦の太鼓(まつうらのたいこ)」

といった豪華三本立てでありました。

勧進帳

寺子屋」は、吉右衛門さんの松王丸、幸四郎さんの武部源蔵で、
忠義のためには子を殺める武部源蔵と我が子の命まで差し出す松王丸。

勧進帳」は、仁左衛門さんの武蔵坊弁慶、幸四郎さんの富樫左衛門で、
都落ちする主君・義経を逃がすために、腹を据えて主君の身を金剛杖で打つ弁慶と、
主従の心情を解かりながらも弁慶に問答を挑む富樫の腹の探り合い。

松浦の太鼓」は、歌六さんの松浦鎮信、東蔵さんの宝井其角、
又五郎さんの大高源吾、米吉さんのお縫でありましたが、
自然を客観しながら自らの心情を簡略化された最低限の言葉で紡ぐ俳句の世界観と
主君の仇討ちという宿命に生きている生々しい人間たちの心情を重ね合わせながら、
人間の心情の機微を描いています。


きょうは、これらの芝居を思い出しながら、

孫の一歳の誕生日に観れば、「寺子屋」のなんと理不尽なことか。

弁慶の策略を富樫が知ってしまったことを前提とした「勧進帳」と、
最後まで弁慶に騙されたことを前提とした「勧進帳」があるらしいが、
義経と弁慶の最期を知っている我々の心に遺るものはなんだろう?

人間的で憎めない殿様である松浦鎮信と、演じた歌六さんが重なって、
思わず笑ってしまったが、ここでも主君の仇討ちを是とすることが前提で、
これらすべてが主従関係を描いていて、日本人のメンタリティーにとって、
歌舞伎があったから日本人がそうなったのか、日本人がそうだったから、
そんな歌舞伎が創られたのか・・・、等々考えさせられました。

松浦の太鼓

※写真はすべて松竹の歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人」から転載させていただきました。


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