FC2ブログ

恩讐の彼方

2018年02月08日 17:59

明日開幕する平昌冬季オリンピックに向け、
北朝鮮が派遣した応援団や記者団ら計280人が、昨日陸路で韓国入りしたことが注目されています。

注目される一つの要因は、
応援団の容姿端麗な「美女軍団」とも呼ばれる女性たちの存在でしょう。


ところで、
彼女たちが生まれる遥か昔に朝鮮戦争がありました。

それ以前には、
大日本帝国大韓帝国を併合した時代がありました。

民族が血で血を洗うような虐殺や内戦の時代を経て、
北緯38度線で分断された現在の南北関係ですが、明日から冬季オリンピックが始まります。


先日、
今月の歌舞伎座の昼公演を観ましたが、昼の部の最後は「井伊大老」という芝居でした。
日本の開国を決断した井伊直弼が、桜田門外で暗殺される前夜の井伊夫妻の会話劇です。


以前にも記しましたが、わたしの母方の家系は、京都所司代見廻組から戊辰戦争を経て、
明治になって徳川16代当主・徳川家達のお供をして駿府(静岡)に移り住んだ先祖と、
駿府に遷った元15代将軍・徳川慶喜のお供で移住した先祖との結婚で始まっています。

したがって、
歴史を学ぶなかでも、戊辰戦争で敗れた人たちに対して肩入れをする傾向があります。

今年は「明治維新150年」だそうですが、会津では「戊辰150年」と謂うのだそうです。
戊辰戦争で新政府軍と戦って敗れた会津藩があった地域に住む人たちです。
特に戊辰戦争の激戦地だった旧会津藩地域では今も遺恨が残っていると謂われます。

明治維新は、
正義と正義の戦いであり内戦でしたが、勝てば官軍、敗ければ賊軍と謂われました。
しかし、会津の人々に朝廷に弓を引いたという自覚があったでしょうか?

いずれも古今東西、
他民族との戦よりも同民族同士の戦の方が、後々遺恨が残るのかもしれません。


こうして、目の前に起こっている事象や歴史的な事柄を並べて見てみると、
歴史は出来得る限り多角的に正確に総括しなければならないでしょうが、
井伊直弼にしても、その井伊直弼によって処刑された吉田松陰にしても、
吉田松陰の影響を受けた松下村塾の塾生たち西郷隆盛坂本龍馬
一方の徳川慶喜勝海舟山岡鉄舟にしても、彼らに反対した会津や、
榎本武揚土方歳三たちにしても・・・、
いまとなっては、この国を憂いて命懸けで生きた人たちであったのだろうと思います。


南北の人々がいつか、過去をそんな風に見られる日がくれば良いのですが・・・。


スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://coachhide.blog73.fc2.com/tb.php/3382-5a0668c8
    この記事へのトラックバック


    最新記事