2017年10月03日 06:01

父

1929年(昭和4年)、

生まれた途端に世界大恐慌が起こり、

貧しさと飢餓と戦争の子供時代を過ごし、

生きてこの橋を戻ることはないのだと思い
故郷を去って15歳で予科練に志願入隊し、

終戦後、
生きて戻ったことの後ろめたさに苦しみ、
生きる意味に葛藤した末に師と巡り合い開眼し、

己の人生を“戦後処理”と位置づけ、

“平和と豊かさの象徴”である“みかん”を作るために、
妻と子と共に開拓農民となって農家を興し産地を創りました。


戦場の土となり砂と化し海の藻屑となって屍さえ行方知らずの同胞や、
内地の空襲で骨さえ焼かれて遺らなかった同時代人の多くいたなかで、

生き残って戦後の復興を達成させ、高度成長の豊かさを享受して、
子に影響を及ぼし、孫や曾孫に慕われて、手厚い介護や看護を受けながら、
柔らかなベットの上で死ねた父の人生は、豊かで幸せなものだったのだと、
思います。


父・日下敏雄、
2017年10月2日午前9時54分、
17年前に母が逝った聖隷三方原病院にて、安らかに死去いたしました。
満88歳でした。

ここに、生前の皆様からのご厚誼を深謝しつつ、謹んでお知らせいたします。



スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://coachhide.blog73.fc2.com/tb.php/3254-375f7f9f
    この記事へのトラックバック


    最新記事