72回目の終戦記念日

2017年08月15日 17:07

HCUの窓の外

東京大空襲の夜、当時15歳だった少女は、
父方の祖母の葬儀があった秋田県横手の帰り、
奥羽本線に乗って上野に向かう車上にいた。

スイッチバックで登った頂上の峠駅の近くで停車した汽車の車窓から、
遠くの空に燃える東京の火の明るさが見えたのだそうだ。

翌日、
それでも無事、汽車は上野駅に着いた。

上野から浅草を通って吾妻橋を渡り、家の在る下町方向に向かう。

その目で見た下町は焼け野が原であるだけでなく、
焼けただれた人々が無数に横たわり、川はご遺体が筏のように浮いて、
まさに地獄の光景だったのだそうだ。

やはり家は焼け落ちていた。

それから5年、戦後に亀戸に家を建てるまでの間、
親戚を転々とする生活がつづいた。

8月15日は、
転校した横手で、女学校の同級生たちと共に、講堂で玉音放送を聴いた。
天皇陛下のお言葉は、解らなかったらしい。


きょうは、「終戦記念日

「いや、敗戦記念日だ」という人もいる。


「終戦記念日」は、日本が連合国に降伏した日じゃない。

降伏したのは、
ポツダム宣言による降伏文書に調印した9月2日。

「終戦記念日」とは、
「戦争をやめる」と天皇が国民に向かって宣言した日だ。


あのときの少女は、いまHCUの病室にいる。
あれから、72回目の「終戦記念日」
病室の外は、雨が降っている。


※一部内容にわたしの勘違いがあったので、8月17日文章を訂正しました。
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