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南無大師遍照金剛

2009年03月16日 16:14

供花

徳島県勝浦郡勝浦町
四国八十八箇所第20番札所・鶴林寺を見上げ、勝浦川に沿った山深い里です。

1956年(昭和31年)12月、私はこの町の病院で産まれました。
雪が降る朝、祖父がリヤカーに母を乗せて病院に担ぎ込んだのだそうです。


きょうは、その祖父の五十回忌と、祖母の二十三回忌の年忌法要が
勝浦町の本家で行われています。

伯父と父と叔母二人の四人兄妹が集まっています。

持病をもってはいますが、兄妹四人欠けることもなく、両親の法要ができることは
幸せなことでしょう。
今年は祖父が亡くなって46年目、祖母が亡くなって20年目なのですが、
伯父たちが、五十回忌・二十三回忌まで生きていられるか判らないからと、
前倒ししたのです。


祖父が亡くなったのは、1963年(昭和38年)11月2日でした。
当時7歳の誕生日を前にしていた私は、徳島から父がかけてきた電話の後、
亡くなった母が、前の畑で鍬を振りながら泣いていた後ろ姿を憶えています。

昔話の上手な、身体の大きな祖父でした。


祖母は、割と長生きしてくれました。
四国は、八十八箇所の霊場を巡るお遍路さんの巡礼の地です。
私が小さい頃の記憶です。
本家に預けられていたときに、度々お遍路さんが家の門に立ちます。
托鉢に来られるのです。すると、祖母は僅かな米や小銭を器の中に入れてあげました。
それが、一日に一人二人ではありません。
延べ何十人ものお遍路さんが次々にやって来るのですが、
祖母は丁寧に托鉢に応じるのでした。

祖母の最後は眉山に在る病院で、見当識がなくなっていました。
私が誰かも判らないようでした。
しかし、私が持参したカセットレコーダーで阿波踊りのお囃子を掛けると
ニコニコしながら、手を振って踊ったのには驚きました。
その上、病院中のご老人が皆一斉に踊りだしたのには、もっと驚きました。

1989年(平成元年)7月19日の暑い日に、祖母は亡くなりました。


私も、法要に出席したかったのですが、法事の予定が最近決まったので、
出席が叶いませんでした。

瑞穂の豆大福

きょう、面談セッションに来られたクライアントさんから豆大福を頂きました。
「原宿・瑞穂」の豆大福です。

これを、仏壇に供えてこのブログを書きながら、祖父母を思い出しています。

勵範誠道居士之霊
勵節貞明大姉之霊


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