演劇科を創った人々

2017年06月13日 17:59

桐朋学園のプレート

「演劇とは人間にとって何んであるか」

文部省の審査官たちの前で滔々と一時間にわたり語った千田是也
それは、1965年(昭和40年)のことです。


戦後、千田是也が提唱した「演劇アカデミズムの確立」の一環として、
1949年(昭和24年)11月、「俳優座養成所」という俳優養成機関が誕生します。

演劇を創造をする劇団、公演する劇場、そして演劇研究と俳優養成、
これを演劇活動の基軸とするという理念に基づいた養成所の設置でした。

それを発展させようと構想されたのが、大学に“演劇科”を設置するという案で、
それまで日本に俳優など演劇人を本格的に養成する大学はなかったのでした。

千田是也は、
親交のあった安部公房田中千禾夫に相談を持ち掛けました。

すると、
安部公房から音楽教育に長けている桐朋学園はどうかという提案があり、
桐朋学園生江義男学長に働き掛けを行うことになったのでした。

生江義男は、話を聴いて強い関心と興味を持ちました。

しかし、
文部省から演劇科の設置申請許可を得ることは大変に困難なことでした。

調査官が来校するという日、
学校設置基準法に基づく審査基準に照らすべく、
個人の書庫から演劇書籍をかき集め学校に運び込んで、
早こしらえの演劇図書館を作って出迎えたという職員がいました。

調査官来校に合わせて学園の中・高生を遠足に連れ出した職員。
校庭に校舎建設予定地であるかの如く杭を打った職員。
リンゴ箱一杯になるほどの審査書類を作成した職員もいました。

これすべて、
千田是也が提唱した「演劇アカデミズムの確立」を目指す一環として、
52年前に我が母校の大学に“演劇科”を創った人たちのプロジェクトXであります。

やり方は少々荒っぽかったケド、お友達に頼んだりしていません。 
それが、我が演劇科の誇りです。

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