ヴィヴィアン・リー

2017年05月01日 17:27

ヴィヴィアン リー

本日の文芸坐三浦館も、
フィルモグラフィーの“ヴィヴィアン・リー”を特集したビデオ映像を上映しました。

ヴィヴィアン・リーは、
1939年の「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラ役と
1951年の「欲望という名の電車」のブランチ・デュボワ役などで
アメリカ南部の女性というイメージがありますが、イギリスの女優です。

ヴィヴィアン・リーは、
1935年に舞台「美徳の仮面」に出演し高い評価を受けました。
その舞台を観たローレンス・オリヴィエと出逢い、不倫関係に陥り、
後に二人とも当時の結婚相手と離婚し再婚します。

その当時、
ヴィヴィアン・リーは、マーガレット・ミッチェルの小説「風と共に去りぬ」を読んで、
映画化権を獲得したばかりの製作者デヴィッド・O・セルズニックに打診しています。

ヴィヴィアン・リーは、
当時から周囲に「わたしがスカーレットを演じることになる」と公言していたそうです。


デヴィッド・O・セルズニックもまた、スカーレット・オハラ役の女優を探し始めていました。
2年以上かけて面接した候補者は1,400人、スクリーンテストを受けた候補者は90人いましたが、
スカーレット・オハラのイメージに合う女優はいませんでした。



映画「風と共に去りぬ」は、
スカーレット・オハラ役が不在のまま“アトランタ炎上シーン”を撮影していました。

そのアメリカにいるローレンス・オリヴィエを訪ねて渡米したヴィヴィアン・リーとオリヴィエを、
製作者デヴィッド・O・セルズニックの兄で、ローレンス・オリヴィエの代理人でもあった
マイロン・セルズニックが、アトランタ炎上シーンの撮影現場に連れて行きました。

すると、炎に照らされたヴィヴィアン・リーの姿を見た製作者デヴィッド・O・セルズニックが、
スカーレット・オハラがここにいる」と叫び、カメラテストを行い即主演女優が決まったという、
そんなハリウッドの伝説があります。

それにしても、
スカーレット・オハラと、ブランチ・デュボワという困難な役を演じたというだけでも、
ヴィヴィアン・リーは映画史上最も凄い女優と云えるでしょう。



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