「日本の夜と霧」の再上映

2017年02月23日 18:05

「日本の夜と霧」

きょうの文芸坐三浦館の上映作品は、むぅむぅ(義父)所縁の作品であります。

1960年(昭和35年)秋に公開された松竹映画ですが封切りの4日後に上映中止になりました。
表向きは興行成績が振るわないという理由でした。

確かに、
富士山の絵で始まる松竹映画を楽しみにしていた観客には不向きだったかもしれません。

それがキッカケとなって、その映画を撮った監督は松竹を退社しました。

ところが、
そんなお蔵入りした作品に目をつけて松竹に掛け合って3年後に再上映したのが人世坐でした。

その判断をしたのは経営者だったわたしの義理の祖父・三角寛だと謂われていますが、
実はその頃、三角寛と距離を置いていたむぅむぅが、当時の支配人に入れ知恵をしました。
その支配人の提案を三角寛が採用して、松竹を強引に説得して上映したというのが真相です。

但し、
三角寛が、支配人の提案を受け入れたのは、元・朝日新聞社会部記者として、
この映画は当たるという、三角寛独特の勘が働いたからだろうと、むぅむぅは云っています。

その甲斐あって上映は盛況で世間の注目を浴びました。
4週間の予定が5週間に延ばされ、途中から文芸坐でも同時上映されました。
31,000人の観客動員を果たし、京都・大阪・名古屋・福岡の再上映運動につながりました。

監督はそのことを生涯感謝してくれていました。


むぅむぅは、
日本の夜と霧は、大島渚の映画ではダントツ一位の傑作だよ。
あんな映画他に撮れる監督はいない!」と申しております。



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