「天晴れ一心太助」

2017年02月03日 17:35

きのう、文芸坐三浦館が上映した映画は、
山中貞雄監督作品「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」でした。

この映画が公開されたのは1935年(昭和10年)ですが、
3年後の1938年(昭和13年)9月17日、山中貞雄監督は、
赤痢に罹り、中国河南省の野戦病院で戦病死したのでした。
満28歳という若さでした。

「丹下左膳」

むぅむぅ(義父)は、
1983年に映画監督の故・黒木和雄さんと共に、
山中貞雄監督の菩提寺である京都大雄寺で、
はじめての「山中忌」を催しました。

黒木監督が亡くなり、むぅむぅが出席できなくなっても、
毎年「山中忌」はつづいています。


さて、
丹下左膳餘話 百萬兩の壺」が公開された昭和10年に、
榎本健一主演、「エノケンの近藤勇」という映画も公開されました。
エノケンが、映画で活躍しはじめた頃の映画であります。

監督は、
黒澤明が多くの作品で助監督を務め師と仰ぐ山本嘉次郎監督です。

その「エノケンの近藤勇」をはじめ、
エノケンの江戸っ子三太」(1936年)
エノケンのちゃっきり金太」(1937年)
エノケンの弥次喜多」(1939年)
天晴れ一心太助」(1945年)など、
きょうの文芸坐三浦館は、エノケン特集であります。

ところで、
天晴れ一心太助」は、昭和20年1月に公開された映画です。

主演は、エノケンこと榎本健一、他には、轟夕起子徳川夢声
そして渡辺篤坊屋三郎、といったエノケン一座の面々であります。
製作は東宝(本木荘二郎)、監督は佐伯清です。

「天晴れ一心太助」

<以下、ネタバレです。>

化け物屋敷と呼ばれる屋敷の庭の大銀杏の所為で、
一日中陽が当たらないナメクジ長屋と謂われ暗闇横町と呼ばれる長屋が在りました。

住人もやる気のない者ばかりで活気のないナメクジ長屋に、
魚屋の一心太助夫婦が越して来ます。

或る日、
一心太助は、商売物の魚を化け物屋敷に棲む悪人たちに盗られてしまいます。
代金を取り立てに行った太助は、殴られた上に追い返されてしまいます。

見舞いに集まってくれた長屋の住人たちに聞くと、
長屋中の住人たちが、悪人たちの餌食になっていることが判りました。

そこで、
太助は一心に悪人たちに掛け合うのでした。
殴られても、追い返されても繰り返し掛け合おうとするのでした。


実は、この映画の脚本は黒澤明が担当しています。

終戦前の昭和20年(1945年)1月に公開されたことを考えると、
黒澤明がこの脚本でなにを描こうとしたのか、興味深いですよね。

黒澤明監督は、この「天晴れ一心太助」が公開された1月以降、
虎の尾を踏む男達」を撮っている最中に終戦を迎えたのでした。
 


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