信仰の要諦

2017年01月14日 23:59

主

年末年始は、
お礼参りや初詣で、神社や仏閣に参拝した方も多かったことでしょう。

また、
ご先祖様の眠るお墓にお参りした方もいらっしゃるでしょう。

そして、
元旦には、初日の出を拝んだという人もいらっしゃる。
これが、日本の年末年始の一般的な風物詩なのであります。

さて、
このお参りするときに、日本人は何を思っているのでしょう?
また、なんのためにお参りするのでしょうか?

わたしが思いますに、
ほとんどの日本人は、何かを“願っている”のではないでしょうか?
「どうか、○○○○・・・ように」

「当ったり前じゃん!」 という声が聞こえてきそうでありますが、
「願い事をする」これが日本人の信仰心の本質なんじゃないでしょうか?

要するにご利益を願っているのでありますよ。
そのための“お賽銭”なのですな。


これが、
どうも、外国の宗教や信仰との違いであるようです。

しかし、
外国人の信仰心だって、願い事をすることがあると思いますし、
そもそも、信仰の基になっているのはご利益なんじゃないかと、
密かには思うのですが、よく解りません。

世界一信者数が多いというキリスト教などの場合は、
「神を信じなさい」、「神の教えのとおり生きなさい」という教義です。

とにかく「神を信じること」が、信仰の要諦であります。

信じる者は救われると申しますが、
神の存在、神の力を信じられたら、これほど力強いことはありません。

日本人でも信仰心の篤い方は、神や仏を信じていらっしゃいます。

神や仏の存在を信じたら、
どのような困難・苦難にも立ち向かえるというものであります。
死すら、怖いものでなくなるでしょう。

だけど、
信じられない。だって、見たことないし、話したこともないし・・・。

だから、
ご利益を頼んで、その効果の程を様子見しようぜってのが、
日本人のメンタリティーなのかもしれませんね。

昨日のブログ「沈黙」を書いたあとで、
映画「沈黙」に関連して、いろいろ思ってみたところを記しました。


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