少しだけ

2016年12月25日 23:59

福島県大熊町で東日本大震災の津波に巻き込まれ、町内でただ1人、行方がわかっていなかった当時7歳の女の子の遺骨の一部が見つかり、警察のDNA鑑定で本人と確認されたことが、女の子の父親への取材でわかりました。
東京電力福島第一原子力発電所が立地する福島県大熊町に住んでいた当時小学1年生で7歳だった木村汐凪ちゃんは震災の津波に巻き込まれ、町でただ1人行方がわからないままになっていました。
父親の木村紀夫さんによりますと、今月9日、町内の熊川地区の海岸で行われていた復旧工事の現場で、汐凪ちゃんが当時身につけていたマフラーと一緒に首やあごの骨の一部が見つかり、その後のDNA鑑定で本人の遺骨と確認されたと、今月22日に警察から伝えられたということです。
(NHK NEWS WEB 12月25日 6時25分配信)


きょう各マスコミから、このような報道がありました。

「見つかって、よかったねぇ・・・」

みなさん、そうおっゃることでしょう。
わたしも、本当によかったと思います。

ご家族にとって、
この知らせは、クリスマスプレゼントのように感じられたかもしれません。


しかし、
わたしは、ただ“よかったね”で終わってはいけないのではないかと思いました。
もう少し、このご家族のことを知ってもいいのではないかと思ったのです。

それで、少しだけネットで調べてみましたら、
今回ご遺骨が見つかるまでのことが、少しだけ判りました。

汐凪(ゆうな)ちゃんのお父さんである、
木村紀夫」さんの名で検索をすれば、さまざまな情報を受け取ることができます。

詳しくは、各サイトの記事をお読みいただきたいのですが、
福島第一原発事故で全町民が避難している大熊町は、帰還困難区域です。

帰還困難区域とは、
特別な許可がなければ、立ち入りできない地域です。
町の大半が放射線の年間積算線量が50ミリシーベルトを超えていて、
5年間を経過しても、20ミリシーベルトを下回らないであろう地域のことです。

原発から3㎞ほど離れた地区に住んでいた木村紀夫さんは、
津波で、父上と奥さま、そして次女の汐凪(ゆうな)ちゃんを失われたのだそうです。

しばらくして、父上と奥さまのご遺体で発見されたのだそうですが、
当時7歳だった汐凪ちゃんは行方不明のままでした。

原発の爆発を受けて、震災の翌日に避難指示が出されたため、
木村さんは生き残った母上とご長女を連れて県外への避難を余儀なくされました。

木村さんは、帰還困難区域大熊町に立ち入って汐凪(ゆうな)ちゃんを探すことが出来ず、
時が過ぎ3ヶ月に一度の一時帰宅が認められるようになると、避難先から戻って、
独りで汐凪(ゆうな)ちゃんを探しつづけていたのだそうです。

2013年5月以降、帰還困難地域への一時帰宅が1ヵ月に一度に見直されのを機に、
多くの仲間たちが木村さんの捜索を手伝うようになったのだといいます。

ゆうな

このように、少しでも広くみなさんが、
この事実を知ること、考えてみること、忘れないことが、
少しだけ、汐凪(ゆうな)ちゃんへの手向けになるのではないかと思いました。

汐凪ちゃんのご冥福をお祈りします。


尚、大震災による福島県内の行方不明者数は一人減ったので、残り196人。
震災6県合わせると、今年3月時点でまだ2,562人の方が行方不明だったそうです。



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