川筋気質

2016年12月23日 17:28

「飯塚」は、芝居の旅公演で何度も行ったことがあります。

国の登録有形文化財に指定されている「嘉穂劇場」でも公演しました。

福岡県の「飯塚」は、明治時代から炭鉱で栄えた町です。
飯塚」や「田川」といった町が在る地域は「筑豊」と呼ばれていました。

筑豊の炭鉱で採れた石炭は、遠賀川を下る船で運ばれ、
日本最大の石炭積出港として栄えた北九州市の若松港から日本中へ運ばれました。

当時、黒いダイヤと謂われた石炭を採掘する炭鉱夫や、それを運ぶ船頭たちの気質は荒く、
筑豊から北九州まで、遠賀川沿いに住む人々は「川筋者(もん)」と呼ばれ、
その川筋者の気質を「川筋気質(かたぎ)」と云いました。

川筋気質」は、
火野葦平の長編小説で、何度も映画化された「花と竜(花と龍)」や、
五木寛之の長編小説で、これも何度も映画化された「青春の門(筑豊篇)」、
同じく映画化されている、岩下俊作の小説「無法松の一生」などの主人公や
登場人物の気質を思い出していただければ、お解りでしょう。


ところで、
筑豊本線の新飯塚駅で下車して、宿に向かってタクシーを走らせると、
遠賀川と内住川に架かる橋の手前左側に、大きな総合病院が見えます。

現在の副総理のご実家の企業グループが経営する飯塚病院であります。
企業の創業者である副総理の曾祖父も、炭鉱採掘から始められました。

柳原白蓮が嫁ぎ、後に出奔されてしまった伊藤伝右衛門も、
筑豊炭鉱の採掘から身を起こし、炭鉱王と呼ばれた人物です。

こういった人物たちも、川筋気質だったのかもしれません。


さて、
その飯塚市の市長と副市長が揃ってマージャンをやっていたことが判り、話題です。

それも、市の施設の指定管理者を請け負うことになった業者などを相手に、
平日の昼間の公務中に金を賭けてマージャンをやっていたといいます。

市長は、 “マージャンは金を賭けてやるもの” というような趣旨を述べています。

これも川筋気質というのでしょうか? 違いますよねぇ。




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