「イーハトーブ、星と虹と。」

2016年11月13日 18:25

児童演劇の「劇団たんぽぽ」を除けば、
初めて観た演劇は、劇団民藝の「銀河鉄道の恋人たち」という舞台でした。

もし、その舞台を観ていなかったとしたら、確実にわたしは今此処にいません。

題名からも、宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」を基にしたことが判ります。

劇作家・大橋喜一さんの戯曲で、観たのは1972年秋でした。
44年前のことです。

銀河鉄道の夜」の主人公、ジョバンニとカンパネルラという“少年たち”は、
銀河鉄道の恋人たち」では、五郎ととし江という“恋人たち”に変わっています。
五郎は、広島で被ばくした青年でした。

“少年たち”も、“恋人たち”も、銀河鉄道に乗って銀河を旅します。
そして、その旅の果てに永遠の命と永遠の別れを悟るのでした。


さて、
宮沢賢治が生まれた年と亡くなった年に大きな地震と津波があったのは、よく知られたことです。

宮沢賢治が生まれた明治29年(1896年)の6月15日に、
M8.5の「明治三陸地震」が起こり、津波も発生し2万2千人が亡くなったと謂います。

賢治が亡くなった昭和8年(1933年)の3月3日には、
M8.1の「昭和三陸地震」が起こり、津波が発生し1,500人が犠牲になったのだそうです。

宮沢賢治の生涯わずか37年間に、繰り返し大地震と大津波が発生したわけで、
賢治27歳の大正12年(1923年)9月1日には、関東大震災も起きました。

そんな時代に生まれて生きた賢治は、命の意味をどのように捉えたのでしょうか?
人は何処から来て、何処に向かうのだと考えたのでしょうか?

地震や津波で亡くなった人々も、戦争の犠牲になった人々も、
この世に生まれてきた使命は何だったというのでしょうか・・・。


さて、
きょうは、そんな賢治の魂を辿るように舞台を観ましたが、
幕が下りて暗闇になったので、拍手する前に掌を合わせました。

image1L.jpg

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://coachhide.blog73.fc2.com/tb.php/2926-1c288a76
    この記事へのトラックバック


    最新記事