「静かな海へ -MINAMATA-」

2016年10月19日 23:59

「静かな海へ」表面

豊洲市場の用地には、
1956年(昭和31年)から1988年(昭和63年)まで、
都市ガスの製造・供給を行う東京ガスの工場が在りました。

1956年(昭和31年)というのは、
水俣病”が、公式に発見された年でもあります。
わたしが生まれた年でもあります。

豊洲市場の用地の土壌は、
石炭から都市ガスを製造する過程における副産物などによって、
汚染されていました。

ベンゼン、シアン化合物、ヒ素、鉛、水銀、六価クロム、カドミウムなど、
7種類の物質が確認されています。

これは、
国の環境基準を大きく上回る有害物質でありました。

そこで、
土壌汚染対策として、およそ169万㎥の土壌を削り取ったのだそうです。

その土壌の内、
69万㎥の汚染されていなかった土壌と、洗浄・加熱処理した土壌32万㎥は、
再利用するため豊洲に戻されました。

しかし、
63万㎥は東京湾の新海面処分場と中央防波堤外側埋め立て地に、
9万㎥は民間の処分場に運ばれたのだそうですが、この中には、
一部汚染土壌が含まれているのだといいます。


さて、
きょうは、つよしちゃん(ふたくちつよし)作・演出の舞台を観てきました。
「静かな海へ -MINAMATA-」、久しぶりの新作であります。

物語は、
水俣病”の第一発見者であり、原因企業であるチッソの病院長でもあった、
細川一氏をモデルに、企業組織、病に苦しむ人々、地元自治体や社会との
軋轢のなかで葛藤し苦悩しつつ、人としての“生き方”を模索しつづけた
主人公とその家族を描いています。


水俣病”は、
病と病の連鎖と差別と貧困との闘いを強いられた日本の公害の原点です。
足尾鉱毒事件もありましたが・・・)

水俣病”が公式に発見されてから60年間。
わたしの一生と同じだけの時間をかけても、
まだ全面解決していないのが、この事件です。

それは、
福島の問題とも重なります。

そして、
豊洲の問題とも重なります。


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