最後の親子獅子

2016年10月16日 23:59

連合三田会

“2001年の元旦”と申しますれば、それは“21世紀の初日”でございました。

その日は、横浜にオープンした仮設劇場の杮落としでもございました。

その杮落とし公演初日に、息子は「連獅子」を踊りました。
親獅子は、息子が2歳のときから慕って追いかけた市川右近丈。
劇場の芸術監督であった、坂東玉三郎丈のお計らいでございました。

連獅子」を演らせていただけるなんて、
連獅子」の仔獅子を踊らせていただけるなんて、
それも右近さんが親獅子で踊らせていただけるなんて、
しかも、21世紀の初日に踊らせていただけるなんて、
・・・なんと幸運な息子だろうと、思ったものでした。

以来、
何度か仔獅子を演らせていただいている息子でございますが、
親獅子は、市川右近丈だけでなく、当代・市川猿之助丈であったり、
市川猿弥丈であったりもいたしました。

息子は、
右近さんとは、セルリアンタワー能楽堂の舞台で踊ったこともありました。
東京オリンピック招致のイベントで、代々木体育館で踊ったりもいたしました。
東京での歌舞伎本興行としては、明治座で踊らせていただきました。

猿弥さんとは、
大阪・新歌舞伎座の昼・夜連続で、一ヶ月間踊ったこともありました。

猿之助さんとは、
市川亀治郎時代に、四国・愛媛の宇和島で踊らせていただきました。
世界遺産の岩手県平泉、観自在王院跡の特設舞台でも踊らせていただきました。

写真

このように、
これまで奇跡的に、我々を愉しませてくれた息子ではあります。

そしてきょうは、
息子たちの師匠である当代・市川猿翁丈にとって、市川右近丈にとって、
当代・市川猿之助丈にとって、そして息子にとっても母校である慶應大学の、
連合三田会大会という催しで、右近さんの親獅子、息子の仔獅子という配役で、
連獅子」を踊らせていただきました。

しかし、
右近さんの親獅子で、息子が仔獅子を踊るのは、多分これが最後でしょう。


さて、
いつの日にか、息子の親獅子を観られることが、あるでしょうか・・・。

右團次襲名披露




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