天保という時代

2016年09月07日 23:59

台風13号は、九州沖・四国沖を通過して東に進んでいます。

明日の朝には、東海沖で温帯低気圧に変わるようですが、
台風13号と秋雨前線の影響で、全国の広い範囲に大雨を降らせ、
各地、最大限の警戒が必要です。

ところで、先月相次いで上陸した台風は、
北海道や東北地方の収穫期の農作物に甚大な被害をもたらしました。

農林水産省によりますと、
台風7号で31億円余り、台風11号と9号で208億円余りに上るほか、
台風10号でも北海道の農作物に大きな被害が出ると試算されるそうです。


さて、話は変わりますが、
昨日のテレビ番組で、歴史学者が、明治維新のキッカケをつくった人物は、
実は大塩平八郎であったというご説をお話しになっていました。

大塩平八郎といえば、皆さん「大塩平八郎の乱」を学びましたよね。

大塩平八郎は、大坂東町奉行所の与力で、陽明学者でもありました。

天保4年(1833年)、
大雨による洪水や冷害により、東北を中心に大凶作が起こりました。
この大凶作は天保10年(1839年)までつづき、天保の大飢饉と呼ばれます。

大塩平八郎は、奉行所に対して民衆の救援を提言しましたが拒否され、
仕方なく自分の蔵書約5万冊を売却して得た資金を救済に充てました。

このような情勢にもかかわらず、
豪商や米問屋などが利益を求めて米の買占めを図っていました。

それが、天保8年(1837年)2月に起こった大塩平八郎の乱のキッカケです。
大坂町奉行所の元与力大塩平八郎と門人らが起こした幕府に対する反乱です。

乱自体はすぐに鎮圧されてしまいましたが、
老中水野忠邦が財政再建を図って天保の改革と呼ばれる政策が行われました。

しかし、強権的であった割りには効果が薄く、
世間や大名・旗本からの猛反対を浴びて頓挫し、忠邦は失脚したのでした。

浦賀沖へ黒船が来て、
江戸幕府に開国を迫ったのは、その10年後1853年(嘉永6年)のことでした。

台風や災害が、人と時代を動かし歴史を創ったというお話であります。


さて、
きょうは、その“天保の改革”の時代が背景のお芝居を観ました。

その時代は、
あらゆる贅沢をはじめ、芸能や娯楽、様々な文化が禁止された時代でした。

歌舞伎も淘汰される危機に遭って、
それを救ったのは、北町奉行であった遠山景元だそうです。
所謂、遠山の金さんのモデルになった人物です。

石川慧初出演

「きら星のごとく」本日初日、11日(日)まで
於:シアターグリーン BIGTREETHEATER(池袋東口)

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