短絡と慎重のあいだ

2016年08月24日 23:59

きのうのブログにも書いたことですが、
きょうも、新人の若手俳優が犯した罪についての考察です。

どれだけ罪深い行ないか解らなかったのか。

犯行が露見することを想定しなかったのか。

どれだけの人に、どれだけの迷惑をかけることになるのか、
判らなかったのか。

母親や姉が、
どれだけダメージを負うことになるのか、判らなかったのか。

そして、
なによりも、だれよりも、被害に遭われた女性のことを、
なんだと思っていたのか。

本人は、「欲求を抑えきれなかった」と言っているそうですが、
まったく理解できないし、判断できない事件ですよね。


しかし、
これはなかなか指摘することが難しいとは思うのですが、
こういった善悪が解らない(判らない)人というものは、存在します。

そういった物事の判断力、人への理解力というものが、
欠落している人、或いは稀薄な人、或は判断力や理解力が狂う人、
それは存在していると思っています。

それを、
具体的に何らかの“障がい”、或いは“脳の特徴”、或いは“人格”と
結び付けてしまう危うさも感じますが、そういう人もいるということです。

だとすれば、その傾向か予兆などはあったハズですし、
周りが、それに気づくことも可能だったのではないでしょうか?

もしかしたら、
それに気づいていて、懸念していた人だっているかもしれません。

しかし、
彼や彼の家族が身を置く世界は、演劇や芸能の世界です。
そんな“変わり者”がたくさんいる世界です。

斯くいうわたしだって、相当な変わり者だという自覚があります。

そんな変わったところこそ、才能かもしれないと思われる世界です。
そんな変わったところこそ、伸ばしてみたいと思われる世界です。
そんな勘違いがあったとしても、不思議ではありません。

また、
その特性を活かして活躍している人も、たくさんいる世界でもあります。
しかし、越えてはいけない一線を越えたらタダの犯罪者でしかありません。

この事件の場合、
彼が何らかのカテゴリーだったとしても、罪を犯したことに変わりはなく、
その罪は償わなければならないでしょうし、責任は問われるべきでしょう。

あまりにも短絡的な犯罪であるからこそ、慎重に考えてみたいと思います。



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