お気持ち

2016年08月09日 14:56

お気持ちの表明

恩師・田中千禾夫先生の戯曲に「右往左往」という作品があります。

或る劇団に書き下ろし、千禾夫先生ご自身が演出された作品でした。

千禾夫先生の演出で、わたしも学生時代の最後に演じた作品ですが、
千禾夫先生は、学生公演の方がお気に入りだったと謂われています。

その「右往左往」のモチーフは「右脳」と「左脳」の働きでありました。
たぶん日本医科歯科大学名誉教授・角田忠信著「日本人の脳」
というご本を参考にされたのだと思います。

その角田忠信著「日本人の脳」によりますと、
欧米人の「右脳」と「左脳」の機能の特徴は、理性と感性、論理と感覚、言語とイメージ、
といった具合に使い分けられているのだそうです。

ところが、
日本人の脳は、言語も喜怒哀楽を表す声も、虫の音(ね)や動物の鳴き声も、
波の音や川の流れる音や風の音や雨音も「左脳」で聴いているのだそうです。

つまり、
欧米人は、「左脳」で“論理”を、「右脳」で“情念”を処理するのに、
日本人は、「左脳」で“論理”も“情念”も一括処理するということでしょう。

ですから、
日本語で話される“言葉”も、様々な“気持ち”がこめられているワケですが、
日本語を解さない人たちには、それをすべて理解することは難しいだろうと、
そう思う次第であります。


さて、
昨日(8月8日)の午後3時、天皇陛下の“お気持ち”の表明がありました。

その直前にシャワーを浴びて、クーラーを効かせた部屋で拝聴しましたが、
最後に陛下が「国民の理解を得られることを、切に願っています。」と述べられました。

そこで上記のことを思った次第です。

日本人以外の国の人々は、自国の言葉に翻訳されても、
陛下が“なにを理解してほしいのか”、どのような“ご意思”がおありなのか、
お解りにはならないだろうということをです。

しかし、
日本人のほとんどすべての人々には、それがよく解るのであります。
日本人でなくても、日本語を解する人たちには解るでしょう。

また、
前々日の広島、きょうの長崎、そして8月15日と重ね合わせながら、
戦争で亡くなった人々やリオで活躍する選手たちや被災地の人々、
沖縄で座り込みをしている人々のことを想像しながら拝聴しました。

それも、わたしが日本人だからでありましょう。

日本と日本人の象徴であられる陛下ならではの“お気持ち”でありました。





<お気持ちの表明>

 戦後七十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎えます。
 私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。
 本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。
 即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。
 そのような中、何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。
 私が天皇の位についてから、ほぼ二十八年、この間(かん)私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。
 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
 天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。
 始めにも述べましたように、憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。
 国民の理解を得られることを、切に願っています。
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