さくら隊散る

2016年08月06日 17:13

桜隊散る

さくら隊をご存知でしょうか?

軍隊ではありません。

戦争中に組織された移動演劇劇団の名前です。
「移動演劇さくら隊」

さくら隊のメンバー9名が、71年まえ広島で原爆に遭い亡くなりました。
女優の森下彰子、羽原京子、島木つや子、裏方の笠絅子、小室喜代の5人は即死。
隊長であった丸山定夫は、被曝し満身創痍の状態で玉音放送の翌日8月16日、
厳島の存光寺で亡くなりました。
被曝するも東京の実家まで戻った宝塚歌劇団出身だった女優の園井恵子は8月21日、
行動を共にした舞台監督の高山象三はその前日8月20日に死亡。
女優の仲みどりは、東京帝国大学付属病院に入院、
しかし、薬石効なく8月24日に亡くなったのでした。

さくら隊員ながら、原爆に遭わず難を逃れた演劇人もいました。
利根はる恵さんは、わたしも前職で旅公演でご一緒したことがあります。
水戸黄門役の佐野浅夫さんは特攻隊員として出征されていました。
他にも多々良純さん、八田元夫さん、池田生二さん、槙村浩吉さん、
千石規子さん、薄田研二さん、久松保夫さん、川上夏代さん、徳川夢声さん、
そして黒澤映画の常連・藤原釜足さんなど、戦後活躍した演劇人ばかりです。

きょう8月6日、目黒に在る五百羅漢寺で、
桜隊原爆忌の会が主催して、恒例の追悼会が催されたはずです。

滝沢修
滝沢修

ことしの追悼会では、
1988年に公開された新藤兼人監督映画「さくら隊散る」が上映されると、
ずっと事務局を担っている学生時代の後輩が話していました。

当時、まだご存命だった元・さくら隊員や同世代の演劇人たちが、
あの時代やあの時代の演劇状況について、さくら隊について、
丸山定夫園井恵子について語っているドキュメンタリー映画であります。

千田是也
千田是也

撮影当時、
千田是也先生の稽古場で、新藤監督が千田先生にインタビューする様子を
偶然に見ていましたが、映画に登場されたさくら隊関係者も、
映画「さくら隊散る」の関係者も新藤監督やナレーションの乙羽信子さんを含め、
ほとんどの方が既に亡くなられました。

杉村春子
杉村春子

ご存命なのは、さくら隊で最年少だった佐野浅夫さんくらいでしょう。

世界で初めての被爆・被曝体験としての広島原爆の証言映画でありますが、
是非、当時の演劇人たちが、如何に時代と対峙しながら演劇に取り組んだか、
演劇の在り方そのものについて再び考える機会にしたいと思い、DVDを観ました。

いま、こんな時代だからこそです。

宇野重吉
宇野重吉


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