人を人とも思わない

2016年07月26日 18:15

“人を人とも思わない”

そんな表現があります。

人を一人前の人として認めない。
失礼で、無礼で、非礼で、無作法で、不躾で、眼中人無しの振舞いのことです。

しかし、
“人を人とも思わない”の定義を変えなくてはいけないと思うような出来事が起こりました。

昨夜、45人もの人を独りで殺傷したという前代未聞の事件です。
被害者の人数から云っても、これは歴史的な凶悪事件でしょう。

しかも、それは障がい者施設内で起こったのだといいます。
主に知的障がい者の方たちが入居している施設だそうです。
事に愕然とするばかりで、整理して物事を考えられません。


しかし、
この凶行を行った人間を単に“異常者”だと捉えるのはいかがなものでしょうか。

このようなことが起こりますと、
異常だ、大麻だ、精神鑑定だ、極刑だと、人は安易に結論づけようとします。

しかし、
これだけの殺人を行なったにもかかわらず、自殺せずに自首したことを考えても、
犯人は世の中に向かって言いたいことがあるのではないでしょうか?
勿論、その主張は間違ったものでしょうが、知らなくてもいいことではないでしょう。


ところで、
確かに受け容れられない犯行、憎んでも憎み切れない犯人ではありますが、
その犯人とわたしたちとの違いは、いったいなんでしょうか?

その違いは、人間として多分わずかな違いでしかないでしょう。
しかし、そのわずかな違いこそ、わたしたちが人間を保っていられる違いです。

世界各地でテロと呼ばれる残虐な事件が起こっています。
いまだに肌の色を差別したり、殺したり、高い壁を造るのだと云ったりしています。
罪のない子どもたちが空爆されて死んでいます。
静かな環境を守りたいと云っているだけの人々が機動隊に強制排除されています。

介護施設が足りない、保育園が足りない、そこで働いてくれる人が足りない、
住んでいた地域に還ることができない、仮設住宅に入居できないという人々がいるのに、
経済効果ばかりを云って巨大なイベントに巨額を注ぎ込もうとしています。

人が人を大事にする社会、どんな人であっても尊重する社会、
手間暇かけて大事に磨くが如くに築きあげる人と人の関係を、
知っている人たちばかりでしたら、こんな事件は起こりはしなかったでしょう。

しかし、
選挙の投票率は50%台でしかなく、ボケモンだかバカモンに興じるばかり・・・。

“人を人とも思わない”ようになったのは、いったいダレでしょうか?





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