クーデター

2016年07月16日 23:28

わたくし、最近は私的なことに目が向かず、
天下国家のことにばかりに捉われているようでございます。


さて、そんなワケで、きょうはこのおウワサであります。

唐突ですが、“革命”というものを否定してしまいますと、
多くの国々の近代史を全て否定するようなことになってしまいます。

すると、

この先、市民による“革命”に期待するしかない、
他国の可能性まで否定することになってしまいましょう。

“革命”とは、
多くの市民、大多数の市民の意志で行われるものです。

これまでも、
絶対王政や独裁体制からの“革命”、
また植民地からの独立といった“革命”が起こりました。

ですから、
暴力的な側面があったとしても、その全てを否定することは出来ないと、
わたしは思います。


しかし、

“クーデター”は、いけません!
“革命”と“クーデター”は違います。

“クーデター”は、暴力的な権力の奪取を目指すものであって、
市民にとって被害や不利益はあっても、利益はありません。

軍事力を用いた暴力的な権力の掌握が民主的なワケがありませんし、
権力が更に悪い権力に代わるだけです。

“クーデター”とは、
“決起”だの“大義”だの“義憤”だの“使命感”だのを理由にした、
手段を間違えた民主主義を否定する権力闘争のことです。


ところで、
崖から飛び降りたと云っている都知事選候補者がいますが、
あれは“クーデター”というよりは、“反乱”っていう程度でしょう。



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