行動原理

2016年07月04日 23:59

末次一郎さんの遺影

5年前、2011年のこの時季でした。
わたしは、或るパーティーに参加しておりました。

早稲田に在るホテルで催されたそのパーティーは、
「末次一郎先生に学ぶ会」と銘打たれていました。

末次一郎氏のご命日が7月11日ですから、
没後10年の意味もあって、この日にしたのでしょう。

末次一郎という人が何者なのか、
それは、お調べになれば、或る程度分かることです。

末次家の墓

わたしは、末次一郎氏のことを父から聴いて育ちました。

戦後、戦災孤児を集めて
「靴磨き」をさせ、自活の道をつくった人だと聴きました。

シベリアへ抑留させられた人たちや戦犯となった人たちの
ご家族の支援をしたのだとも聴きました。

今回、ダッカで犠牲になられた7人の方たちは、
国際協力機構 (JICA)」の事業で派遣された人たちでしたが、
そのJICAの前身である「青年海外協力隊」を創設したのも、
末次一郎氏です。

末次一郎氏の行動原理を一言で表すなら、
“戦後処理”ということだったでしょう。

戦後、新たな日本を創るための理念だったというよりは、
日本を荒れ果てた惨状にしてしまったという
贖罪意識だったのではないでしょうか?


さて、
いまから60年前の1956年・昭和31年12月10日、
四国徳島の山村にも小雪が舞っていました。

その日、
祖父が母をリヤカーに乗せて町の病院に駆け込み、
わたしは産まれました。

その、わたしが生まれた日、
農林試験場の技師だった父に、一通の封書が届きました。
末次一郎氏からの私信でした。

共に安岡正篤先生の薫陶を受けた間柄だったこともあり、
「戦後処理に貴方の力を貸してほしい」という手紙でした。

その要請を請けて、
父は、末次さんと一緒に返還される前の沖縄に行きました。
返還後の沖縄の産業についてのビジョンをもつためでした。

その視察旅行中に、こんどは弟が生まれました。

元内閣総理大臣中曽根康弘氏

そんな末次一郎氏が薫陶した人は、各界に数多くいますが、
政治の世界では、元・総理大臣をはじめ与野党を問いません。

それは、末次一郎という人の行動原理が、
党利党略などという枠を大きく超えたところにあったからでしょう。

その末次一郎氏を師と仰ぐ政治家の一人が、都知事候補に名乗りを挙げました。
その人も、5年前のパーティーに参加していました。

小池百合子衆議院議員

この政治家の御尊父と末次さんが盟友だったこともあって、
政治家を目指したときから、末次さんを師事していたのだそうです。

そういえば、5年前のパーティーには、
現在野党の東京都連会長も参加していました。

彼女は、すでに“崖から飛び降りた”と言っていますが、
野党は、“崖から堕っこちないように”してくださいよね。 

松原仁東京都連会長


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