“イギリス”連想ゲーム

2016年06月26日 23:59

連日、イギリスで起こっていることが報道されています。


その“イギリス”で思い出したことがありました。

確か、こんなジョークを聴いたことがあるんですよ。

多国籍の人々が乗った船が定員オーバーで沈みそうなので、
国別に、どう言えば船から“降りてもらえるか”という設問です。

アメリカ人に対しては、
「あなたが海に飛び込めばヒーローになれますよ」

イギリス人に対しては、
「あなたは紳士だから飛び込むでしょう」

ドイツ人に対しては、
「あなたが海に飛び込まなくてはならないルールです」

日本人に対しては、
「みんな海に飛び込んでますよ」  


ところで、
イギリス人がホントに紳士的かどうかは判りませんが、
今回のことでも判るように、自国の国民性や伝統や文化や、
アイデンティティを大切にする国民であることは判ります。

そこで、イギリスの演劇について思い出しました。

イギリス人は、
イギリスは、シェークスピアを生みだした国だと云うでしょう。

しかし、シェークスピアは、イギリス演劇でしょうか?

シェークスピアの「ハムレット」には、こんなセリフがあります。

「演じる目的は、始めからからそうであったし今でもそうだが、
 言ってみれば、自然に向って鏡を立て掛けることだ」

劇中劇を演じる旅の一座について語るハムレットのセリフです。

つまり、シェークスピアにとって演劇とは、
世界を映すことができる合せ鏡のようなものなのでしょう。

この演劇感こそ、シェークスピアの普遍性です。

シェークスピア作品の、
ハムレット」は、デンマークを舞台にしています。
オセロ」は、主人公がヴェニスの軍人でムーア人です。
ロミオとジュリエット」はイタリアの物語。
夏の夜の夢」はギリシャアテネの話ですし、
ジュリアス・シーザー」は、勿論ローマが舞台です。

こうして、シェークスピアは世界を舞台として描いていますが、
それは、世界を描こうとしたのではなく、“人間”を描いたのでしょう。
それが、古今東西で上演されつづけている理由だと、わたしは思います。


ところで、
イギリスが、今回欧州連合からの離脱を決めた国民投票の騒動をみて、
なぜか・・・「ヴェニスの商人」を連想しました。




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