朝までの人

2016年06月08日 19:01

朝まで生テレビ」という討論番組の放送が始まったのは、
1987年のことだったと思います。

「自衛隊」、「韓国・北朝鮮」、「原発」と、
次々にタブーに挑む番組制作でしたので、
当時、必ず視聴しておりました。

わたしが、舛添要一という人を意識したのは、
1988年の9月の放送だったと記憶しています。

なぜ、記憶しているのかと言えば、
歴史的な放送だったからであります。

1988年9月といえば、
昭和天皇が大量に吐血され、
世の中の様々なことが自粛されていたときでした。

わたしは、当時或る出版社で、
週刊誌のビデオ版の制作をやり始めたばかりでしたから、
その空気は敏感に感じておりました。

そんなときに、
朝まで生テレビ」は、唐突に“天皇”をテーマにしたのです。

当初のテーマは、
「昭和63年秋 オリンピックと日本人」というサブタイトルで、
日本人のナショナリズムなどを扱って討論していました。

しかし、唐突に話題が“天皇の戦争責任”に及んだときには、
超ビックリ!テレビに釘づけになりました。

それは、当時タブー中のタブーだったからであります。

舛添要一氏は、その討論の中心にいました。
前・東京都知事もその討論の中心にいました。

なにを語っていたかまでは憶えていないのですが、
タブーに触れた討論を繰り広げる“蛮勇”のようなものを感じました。

また、打たれても打たれても打ち返すタフネスも感じました。

どのようなテーマに対しても、
物怖じしないで舌鋒鋭く自分の意見を表明できるのは、
相当肝が据わっているからだと思ったものでした。

事ほど左様に、
舛添要一という人は、良く言えばタフで勇気がある人だと思います。
ワルく言えば、鉄面皮、面の皮が厚いのでしょう。


演劇を研究している学者が、どれだけ有能でも、だからといって、
見事な演技や卓越した演出ができるワケではないのと同様に、
優秀な国際政治学者だったからといって、政治家の資質もなく、
人間として優れていたワケでもなかったのでしょう。

所詮は、朝までの人だったということです。



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