法律という道具

2016年06月06日 23:59

駐車違反を取り締まられた車の運転手が、
「前の車だって、後ろの車だって駐車違反じゃないか!」
そう云って抗っている光景を目にしたことがありますが、
自身の違反がお目こぼしされることはありません。

法律とは、厳格に当てはめてナンボであります。
少々でも、事情を考慮しないことで保たれます。


例えば、
60分300円のパーキングメーターの駐車スペースに駐車して、
60分ちかい時間お金を投入しなくても、駐車違反にはなりません。

でも、パーキングメーターの駐車スペース以外に駐車した場合や、
60分を超えて駐車していた場合には、駐車違反になります。

このように、
時間を超過した場合には駐車違反になってしまいますが、
未払いでも、駐車していたのが駐車スペースで60分以内なら、
合法的に無料ということなのであります。

ですから、
駐車して59分経ったら、一度移動してから再び駐車し直して、
また59分間駐車していたとしても、駐車違反にはあたらないのです。

しかし、
これは、正しいことでしょうか?
これは、合法でしょうが、正義でしょうか?


「違法と判断されたものは1件もなかったが、不適切だった」
そんな記者会見が、きょうありました。


元・検事の弁護士のことを“辞め検”というのだそうですが、
二人の辞め検が揃って「なんの問題もありません」というに等しい記者会見でした。

それも、“第三者”としての弁護士による調査報告の場であるハズの記者会見が、
当の本人が、司会進行を担うような形式で、辞め検弁護士が弁解していました。

驚くべきは、
その二人の辞め検が、「コレ、なにか問題ですか?」ってな風情で
落ち着いた様子で説明を行っていたことでした。

法律的には、なんら問題ではないだろうと、自信をもっている様子でありました。

このかい離こそ、最大の問題であり、
法律の専門家が陥りやすい、間違いなのであります。

なにが“間違い”か・・・、“人ととして間違っています”。


この一件を見ても、法律は正義じゃありません。
まして、検事や弁護士が、裁判官が正義なのではありません。

法律は、正義なのではなく、使う道具です。
法律という道具は、使い方次第で、悪にも正義にもなります。

しかし、
此の世のおそろしいのは、“天網恢恢疎にして漏らさず”というところ。
そして、“因果応報”というものであります。



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