「玉砕総指揮官」の絵手紙

2016年03月25日 23:59

「玉砕総指揮官」の絵手紙

雑司が谷の飲み屋「たつみ」は、
事情があって、明日から少しの間ですがお休みします。

そこで昨夜、一本だけ飲むつもりで暖簾をくぐりました。

お客は居ませんでしたが、ママと話をしていると、
しばらくして、常連客が一人入ってきました。


話題が、硫黄島で働いていた、わたしの友人のことになりました。
その友人は、5年前病が発覚して僅か2ヶ月半で亡くなったのでしたが、
硫黄島”と聞いて、ママが一冊の本を出してきました。

「ヒデちゃんに、この本の話をしたっけ? これ、ツユちゃんが書いたのよ」

ツユちゃんというのは、ママの姉の長男の嫁さんのこと。
つまり、ママの甥っ子のお嫁さんのことです。

ママの甥っ子夫婦は、
数年前に自宅を移したので遠くに越してしまいましたが、
以前は、雑司が谷の住人で、「たつみ」の常連でした。

ですから昔は、
よく一緒に「たつみ」のカウンターに止まって話したものです。


ママが持ち出してきた本は、
小学館文庫 栗林忠道・著 吉田津由子・編 「玉砕総指揮官」の絵手紙。 
そこで、昨夜ママにその本を借りましたので、読んでみました。

すると、
映画「硫黄島からの手紙」の原作本だったのだということが判りました。

「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」は、
ともに、2006年に公開されたクリント・イーストウッド監督の映画ですが、
アメリカと日本双方からの視点で、激戦の“硫黄島の戦い”を描いています。

そこで、
クリント・イーストウッド監督が、映画「硫黄島からの手紙」を創るにあたり、
もっともインスピレーションを得られたのが、
この「玉砕総指揮官」の絵手紙という本だったというのです。

「玉砕総指揮官」の絵手紙は、硫黄島の最高指揮官だった栗林忠道中将が、
アメリカ本土へ留学した頃から、硫黄島で玉砕する直前まで、
妻や子供たちに送っていた絵手紙や手紙をまとめて編さんした本です。

わたしも映画を観ていますが、原作本がこの本だったこと、
それを編さんしたのが知り合いだったことは、知りませんでした。


ところで、
旧・日本兵約2万人、アメリカ兵約7,000人が戦死したと謂われ、
ノルマンディー上陸作戦沖縄戦と並ぶ第二次世界大戦の大激戦であった
硫黄島の戦い”ですが、多くの旧・日本兵があの島に眠ったままです。
栗林忠道中将(死後・大将)の御遺骨も、まだ還ってきてはいません。

さきほど気づきましたが、硫黄島の戦いが終わって、明日で71年経つのですね。

米軍上陸の海岸

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