成瀬先生のご命日

2016年03月04日 23:59

きょうの散歩コースは、雑司が谷霊園であります。

成瀬仁蔵先生墓碑
 <成瀬仁蔵先生の墓碑>

知ってか知らずか、
きょうのNHK連続テレビ小説「あさが来た」の放送は、
主人公・あさの父が、女子大学校設立に奔走するあさのために、
目白台の土地を寄付することを申し出るという内容でありました。

主人公・あさのモデルは、広岡浅子女史。
浅子の父は、三井家(小石川)六代目当主・三井高益であります。

その三井家が寄付した目白台の土地に、
日本女子大学校(現在の日本女子大学)が創られたのでした。

広岡浅子女史が日本女子大学の生みの母なら、
父親は、なんといっても成瀬仁蔵先生でありましょう。

キリスト教の牧師であり、
日本における女子高等教育の開拓者の一人として、
現在の日本女子大学の創設者として知られています。

きょうは、
その成瀬仁蔵先生のご命日であります。

成瀬先生は、
安政5年1858年6月23日現・山口市に生まれ、
大正8年1919年3月4日に永眠されました。

亡くなる1ヶ月ほど前の1月29日、成瀬記念講堂に於いて、
学生や内外の関係者を集め、最期の講演をされました。
「成瀬先生の告別講演」と謂われている講演です。

死を予知した成瀬先生は、
病気の経過、死に直面しての心境、今後の学校経営について、
約1時間20分にわたって語られたのだそうです。

渋沢栄一翁が揮毫した成瀬先生の墓碑文によりますと、
「聴く者がみな涙した」と記されています。

告別講演

「聴くことを多くし、語ることを少なくし、行うことに力を注ぐべし」

成瀬先生のお言葉です。



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