錦糸町で途中下車

2016年02月19日 23:59

錦糸町

ご存知、錦糸町駅北口の巨大モニュメントであります。

「ECHO(エコー)」と名付けられたこのモニュメントは、
五線譜(ケーブル)の上で、二つのヘ音記号が重なり合い、
低音と高音が互いに反響しあって共鳴し、
新たな音色を生みだすイメージを描いたものだそうです。

「音楽都市」を目指して街づくりすることを宣言した、
墨田区の計画で創られ、駅前のシンボルになりました。


さて、
きょうは、用事があって千葉の船橋へ行った帰りに、
総武線錦糸町駅で電車を途中下車してみました。

JR錦糸町駅の北口を出ると、
右手には錦糸町駅前郵便局の高層ビルがそびえ、
駅前は、ロータリーになっています。

駅から見て、錦糸町駅前郵便局の建物の裏側に、
錦糸公園が在ります。

そして、
その錦糸町駅前郵便局と錦糸公園の「錦糸公園前交差点」の一角に、
ドトールコーヒーが在ります。

どうやら、この場所に、
明治2年1869年まで、わたしのご先祖様たちが住んでいたようであります。

ドトール

嘉永5年と云いますから、
幕末の1852年に描かれた「江戸切絵図」の「本所絵図」に、
わたしの母の、父方の曾祖父にあたる青木弥五右エ門の名が載っています。

その場所を見ると、
「四ツ目通り」と、当時の「南割下水」が交差した所だと判ります。
つまり、それが現在の「錦糸公園前交差点」の一角なのです。

錦糸公園前交差点

わたしの母にとって、
父方の曾祖父母が暮らし、祖母が産まれたのがこの場所です。

ご先祖様である、青木彌五右衛門と周(かね)夫婦は、
息子・彌一郎と、娘の寿ゞ(すず)を連れて、
元・徳川十五代将軍徳川慶喜公の護衛隊員として、
明治2年1869年7月、静岡と名を変えた駿府に移住しました。

そして、
二度と此の地に戻ることなく、皆静岡の地に眠りました。

ところで、
家の裏手に化け物のような高い塔がそびえる時代がくることを、
ご先祖様たちは、想像したこともなかったでしょう・・・。

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