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物語を聴くということ

2009年10月23日 19:07

先ほど、18時31分ごろ新潟で地震があったようですね。
最大震度4の地震だそうです。


5年前、弟の家族が上京したので、東京駅に車で迎えにいって、
我が家に到着した車から、弟家族が降りている、その時、
新潟県中越地震が起きました。

5年前のきょうのことでした。


5年前、地震から3週間ほど経った11月の中旬、
私は、新潟県の某市の災害ボランティア本部にいました。

被災地でコーチングの有用性を試しながら、スキルアップを図りたいという
自分勝手な不純な動機から、ボランティアに参加したのです。


災害ボランティア本部では、ボランティアとして参加登録の際、
得意分野・専門分野を自己申告するのですが、
私はワゴン車を持参したことと、コーチである旨の説明をしましたら、
「看護・介護チーム」に配属されました。

このチームは私が参加した前日に編成されたのだと後から知りましたが、
私が参加した時は試行錯誤が始まったばかりの状況だったのだと思います。

そんな中、私が本部から受けた指示は、
「特定の地区に行って精神的に落ち込んでいる人の “ 心のケア ” をしてきて欲しい。
併せて住民の “ ニーズを引き出して ” きて欲しい」という内容でした。

“ 心のケア ” といい、“ ニーズを引き出す ” ことといい、
なんとも、曖昧な使命だなと思いながら、数人でグループになって出掛けました。


Y地区というのは、盆地である某市の中心から、車で10分程度の所に在って、
盆地から台地へと続く傾斜地から台地にかけての地域です。
集落には、125世帯の民家が点在していました。

この地区は地震で家屋の全半壊を多く含む甚大な被害に遭い、
3週間近く経った時点でも家屋調査すら始まっていませんでした。
しかし、少し前に避難所から自宅に戻ったという方が多くいらっしゃいました。

家に戻ったといっても、家の中で暮らすのは困難で、
庭や畑にテントを設けたり、ビニールハウスや倉庫・車庫を使って生活していました。
水道と電気は復旧していますが、ガスが使えない家がありました。
何より、家屋検査が済んでいないため危険かそうでないかの判断がつかないのに、
家財の持ち出しや片付け作業を行っているので、非常に危険だと思いました。


そんな、Y地区でお会いしたKさんのエピソードをご紹介します。
その理由は、この出来事がキッカケとなって、被災者のみならず、
人の物語を聴くことの重要性に気づかされたからです。

その年の1月にご主人をご病気で亡くされた78歳のKさんのお宅にお邪魔したとき、
心配して電話をかけてきた親戚の方と話している声が外まで聞こえていました。
庭で機械の修理をされていた息子さんに、私たちが遠くから会釈すると
息子さんが会釈を返してくださったので、声を掛けさせて頂きました。

お邪魔した趣旨をお伝えすると、
「そのうちに電話が終わるから、訊いてみて」と言ってくださいました。
母上のKさんと二人暮らしをされているようでした。

電話の終わったKさんに用件を伝えたところ真っ先に、
「家がこんなになってしまって、これから先どうしていいか分からない」
と、おっしゃいました。

しかし、それでも地震が起こったときの事から話し始められて・・・

地震のとき息子さんは働きに出ていて、暗い中独りで家に居て恐かったという話。
その後、ご主人が亡くなった1月の雪深い日の様子や、お葬式のときのお話。
ご主人は、戦争中は海軍の特攻隊員であったこと、戦後に戦友を新聞で探した話。
その戦友は、沖縄で健在だが、喪中はがきを投函するつもりで準備していたところへ
地震が起こり、はがきを出す前に戦友から心配の電話がかかってきて困ったという話。
お寺が壊れてしまったので一周忌は壊れていても自宅でやるしかないという話。
特攻で戦死した仲間への後ろめたさから自己嫌悪に陥っていたご主人を、
Kさんが励まして励まして戦後を生きてきたという話。
一所懸命に生きて、息子一人娘二人の3人を育ててきたという話。
そのご主人とは同じ小学校の同級生なのだという話や実家の話。
飛行機乗りだった父親の影響を受けた息子さんの趣味が同じだという話。
その息子さんが若いとき交通事故で頭部に大怪我をした話。
自分も数年前に梯子から落ちて大腿骨を折ったという話。
それでも頑張って前のように歩けるまでに回復したのだという話。
血圧は少々高いので薬を飲んでいるが、あとはまぁ元気だという話。
そして、いま思えば病弱だったご主人が、この地震を知らずに逝ったのは
幸いだったのかもしれないと話し、最後に、
「昔の苦労を思えば、この試練も乗り越えられる」 と、おっしゃったのです。

この間、2時間以上でしょうか、玄関先での立ち話でした。
私は、ただ頷きながら相槌をうってお話しをお聴きしていただけでした。
なにも励ましていませんし、アドバイスもしていませんでした。

ご自分で話して、ご自分で気持ちをシフトされたのです。
この経験は、私にとって衝撃的でした。

人には物語があります。
全ての人は、その人の物語をもっていらっしゃいます。

その物語を聴くこと。
私にとってこれが重要なテーマになりました。


貴方の物語を語ってください。
私がその物語、お聴きします。


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コメント

  1. 三浦秀和 | URL | cwiuqksw

    Re: 物語を聴くということ

    湯河元敬さん

    前から思っていたことですが、
    湯河さんは、本当にお母上が大好きなのですね。
    母を亡くした私にとっては、羨ましいことです。
    いつまでも、お母上のお話を聴いて差し上げて下さい。

    三浦秀和

  2. 湯河 元敬 | URL | SVEFzuYE

    Re: 物語を聴くということ

     三浦秀和君へ

     人の話を丁寧にそして根気良く聞いてあげるということは、それだけで語っている人にとっては大きな癒しになるのですね。

     黙って相槌をしながら2時間以上も聞いてあげるのは大変だったでしょう。

     私の母も同じ78歳になりましたが、時々堰を切ったように話すことがあります。その時は本当に聞き役に徹しています。

     

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