無辜の民

2016年01月27日 22:38

この度、フィリピン国大統領閣下からの御招待により、皇后と共に、同国を訪問いたします。

私どもは、ガルシア大統領が国賓として日本を御訪問になったことに対する答訪として、昭和37年、昭和天皇の名代として、フィリピンを訪問いたしました。それから54年、日・フィリピン国交正常化60周年に当たり、皇后と共に再び同国を訪れることをうれしく、感慨深く思っております。

フィリピンでは、先の戦争において、フィリピン人、米国人、日本人の多くの命が失われました。中でもマニラの市街戦においては、膨大な数に及ぶ無辜のフィリピン市民が犠牲になりました。私どもはこのことを常に心に置き、この度の訪問を果たしていきたいと思っています。

旅の終わりには、ルソン島東部のカリラヤの地で、フィリピン各地で戦没した私どもの同胞の霊を弔う碑に詣でます。

この度の訪問が、両国の相互理解と友好関係の更なる増進に資するよう深く願っております。

終わりに内閣総理大臣始め、この訪問に心を寄せられた多くの人々に深く感謝いたします。


これは、昨日フィリピンへ向かわれるご出発前に、
天皇陛下が羽田空港で述べられた内容です。

旧厚生省によれば、
1941年から1945年までの間に、フィリピンで約51万人の日本兵が亡くなったそうです。
アメリカ軍の戦死者数は、約2万3,000人。
フィリピン人の戦死者数は、約110万人と謂われています。

日本は、曲がりなりにもフィリピンを独立させ、傀儡政権をつくりました。
結果、国民が親日派と抗日派のゲリラに分かれて戦う悲劇も起きました。
そして、多くの国民が亡くなったのです。

フィリピン進攻を指揮したマッカーサー将軍によれば、
当時のフィリピンの人口は1,700万人だったそうですから、
その内の110万人という数がどれほどの犠牲者数だったかが判ります。

そしてその多くが、一般市民だったのだそうです。
「膨大な数に及ぶ無辜のフィリピン市民が犠牲になりました。」
陛下がおっしゃった“無辜(むこ)”の人々のことです。

両陛下はきょう、
まず、フィリピン人の戦没者が眠る「無名戦士の墓」に供花されました。
明後日には、日本人戦没者の慰霊碑「比島戦没者の碑」へ供花されます。



スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://coachhide.blog73.fc2.com/tb.php/2630-ff184faa
    この記事へのトラックバック


    最新記事