親の存在意義

2016年01月19日 11:23

20年近くまえのことですが、
沖縄を描くお芝居の初日を目前にした劇場のロビーで、
その事務所の副社長と初めてお会いしました。

出演者のなかに、元・アイドルグループの一人がいて、
副社長は、所属事務所のマネージャーと一緒に、
演出家やプロデューサーや、制作担当者であるわたしに
ご挨拶しにいらっしゃったのでした。

「〇〇のダメなところがあったらおっしゃってくださいね」
「このお芝居のために出来ることがあったらなんでもしますから・・」

“沖縄”を描いたこのお芝居は、少々難産でしたし、
社会的な反響や世間への影響がどのように表れるのかという
一抹の懸念をもっていた公演でしたから、
副社長のおっしゃってくださったことは、印象に残りました。

印象に残ったといえば、
“終始平身低頭”は少々大袈裟だとしても、
まるで、子役の母親が我が子を心配するように、
わたしに頭を下げて「よろしくおねがいします」と頼まれる姿でした。

こんな風に、
あの事務所は、一人ひとりを我が子のように見守り、
育んでいるのだと感じたエピソードです。


さて、
昨夜、その事務所に所属するグループが、
“騒動”を、テレビの生放送で謝罪しました。

わたしも、その放送を見ていましたが、
このグループの5人は、“ダレ”に“ナニ”を謝ったのか解りませんでした。

特に、“ナニ”が、判りません。

解散か!?と、衆議院の解散でもここまで騒がないだろうと思われるほど
各マスコミ報道やSNSをはじめ、世間が連日騒いだ“解散騒ぎ”でしたが、
“ナニ”が原因でこの騒ぎが起きたのかという経緯の説明がないまま、
“謝罪”だけが行われたことに、わたしは違和感を覚えました。

「事務所と確執もないのに退社することは筋が通らない」
グループのメンバーの一人がそう云ったと伝えられました。

しかし、
本当に筋を通すのであれば、
“事務所が”、“経緯を説明した上で”、“騒動を詫びる”のが、
筋だと思います。

どうみても、これは“家(事務所)のゴタゴタ”でしょう。
であれば、“こども”に謝らせることではないと、わたしは思います。

もしも“こども”がなにか問題を起こしたのだとしても、
この局面では、“親”が責任を引き受けるべきだと、わたしは思います。

一人ひとりを見守り育むだけでは、“親”の存在意義はありません。




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