50歳代最後の誕生日

2015年12月10日 21:23

一福

寒い朝だったようです。
父方の祖父が、リヤカーに母を乗せて病院に走ったといいます。
凸凹の道を、リヤカーを牽いて橋を渡り町の病院に走る祖父の姿を想像します。

父方の祖母は、祖父母のなかで一番長生きしてくれました。
老人病院のベットで寝たきりになってしまったとき、
持参した「阿波踊り」のカセットテープを聴かせたら、手踊りして喜んでくれました。

母方の祖父は、
わたしが小学校4年生で喘息に罹って施設に入所しなければならなくなったとき、
母に伴って、わたしを施設まで送ってきてくれました。
落ち葉を踏みながら、振り返り振り返り手を振って帰っていったのを憶えています。

母方の祖母は、年老いて足が不自由でした。
私が喘息に罹って施設に入っていたときに、遠足でバスに乗って静岡に行きました。
その知らせを聞いた祖母が、バスが通る沿道に立って、
わたしが乗ったバスが通るのを長時間待っていてくれました。
バスに乗っていたわたしは、祖母の姿を見つけましたが、
祖母は、目の前を通過するバスに気づかなかったようでした。
可哀想なことでした。

さて、
祖父が牽くリアカーに乗って町の病院に到着した母は、
無事にわたしを産んでくれました。

教師の家に生まれながら、慣れない開拓農民の妻となって、
一生働いて働いた母でした。

子供が、我が家の宝物だと云っていました。

あれから59年が経ち、息子は50歳代最後の誕生日を迎えました。
いまはもう、祖父母たちも母も此の世の人ではありません。
ジィジになったわたしを、彼の世から見てくれています。


きょうは、
アメリカから帰国中の息子が、誕生日だというので、うどんをご馳走してくれました。
幼稚園の遠足から帰ってきたまご娘が、わたしに誕生日ケーキを作ってくれました。

祖父母たちや母は、
わたしにとって最愛の息子たちやまご娘のことも見守ってくれています。

ありがとう・・・。

三浦秀和59歳の誕生日ケーキ



スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://coachhide.blog73.fc2.com/tb.php/2578-2371085c
    この記事へのトラックバック


    最新記事