見るなのタブーのその後

2015年11月20日 23:59

去年の1月ごろ、
自分と息子が似ていないからと疑問をもった芸能人の父親が、
“自分”と“息子”のDNA鑑定を依頼したところ、
「親子の確率0%」という結果が出たというお噂で賑わいました。

昨日、東京家庭裁判所は、
その“父親”と“息子”に「親子関係はない」という判決を言い渡したと
報道されています。

去年わたしは、
そもそもDNAなんて、なんで調べるのかと疑問をもちました。 
この世で出逢って、縁あって“親子”。
それがすべてじゃいけないのかしらと思ったのです。

産んでくれた人は、なにがあっても母親ですけど、
“父親”なんて、所詮人間社会が決めた概念ですから、
何人いたって構やしないとさえ思いました。

しかし、
きょうの報道を読んで、父親が社会的概念による存在だからこそ、
彼は、DNAを調べなければならなかったのではないかと思いました。

血がつながっていようと、つながりがなかろうと、
彼は“息子”を“息子”だと思っていたのではないでしょうか?
DNAの鑑定結果で、息子への愛情が変わることはないと、
そんな自信があったのではないでしょうか?

そして、
いまでも、彼の“息子”への愛情は変わっていないのかもしれません。

しかし、
“息子”は、どうだったのでしょう?

最初から血縁ではないと知っていた父親に対する感情と、
最初は血がつながっていると思っていた父親が、
血縁ではないことを証明してしまったとしたら・・・。

いずれにしても、見るなのタブーは犯され、
パンドラの箱は開けられてしまったワケです。

わたしは、
父親が見るなのタブーを犯した気持ちも解りますが、
もう一方で、息子の気持ちも解るような気がします。

ただ、
“父親と息子”は、所詮此の世で出逢っただけの関係です。
その出逢ったことを喜びとすれば、いつか血縁を超えられると思うのですが・・。

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