方法論

2015年11月18日 23:59

雑司が谷で暮らしていると、いろいろな有名人に遇う機会もあるのですが、
五体不満足」というご本の著者・乙武洋匡さんもその一人です。

駅や街路や飲食店などで何度もお見かけしていますが、お話をしたことはありません。

さて、
その乙武洋匡さんがツイッター上で批判されているという報道がありました。

16:23 - 2015年11月14日
「国際社会は一致団結して、このテロに立ち向かうべきだ」と言うが、このテロを起こした犯行グループも含めて“国際社会”なのではないだろうか。「シリアで空爆を続けるフランスは許せない」という彼らの主張にはまったく耳を貸さずに国際社会から孤立させることが、本当に平和へと続く道なのか。

18:40 - 2015年11月14日
先ほどのTweet、決して「テロを容認しよう」と言っているわけではありません。テロは、もちろん許されない行為。そのうえで、ああした残虐なテロ行為を行う集団に対して対話の扉を開くことなく、あくまで暴力で屈服させることが平和の実現に向けてのベストな選択肢なのか、疑問を抱いたのです。続

18:45 - 2015年11月14日
(承前)「理想主義だ」「現実的ではない」――おっしゃる通りかもしれません。しかし、平和の希求とは、あくまで理想を追求する行為なのではないかと思うのです。それが、日本国憲法の前文(第9条ではなく)に書かれた精神なのではないかと思うのです。

モチロン、「いいね」と容認している方たちも大勢いらっしゃるようですが、
批判は、これらの記述に対するものです。

批判の内容については、ツイッターをクリックしてお読みいただきたいのですが、
SNSというものは、いつでもこういった批判で炎上するようですね。

わたしが毎日書いているこの拙文だって、一応SNSなのですが、
あまりお読みいただいていないのか、お読みくださっている方々がお優しいのか、
批判するに値しないのかは判りませんが、ほとんど反応がありません。


さて、
この議論(?)、どうもそれぞれの土俵が違うように思います。

乙武洋匡さんのツイートを読んで、
パリの同時多発テロを容認していると思った人はいないのではないですか?

彼が云っているのは、軍事や政治や法律についてではありませんよね。
テロが卑劣で野蛮な行為であることは、議論の余地がないことです。

しかし、それを戦略的に行っている“集団”が存在するワケですが、
一応、その“集団”にも、“その集団の正義”があるのだと思います。
ですから、彼らから見れば異端である我々が、彼らの“正義”を批判しても、
あまり有意義ではないのではないでしょうか?

ですから、
我々にも戦略が必要なワケですが、乙武洋匡さんは、
軍事的プレゼンスや、政治的なアプローチや、法律で罰することだけで
この問題を解決できるのですか?と問いたかったのではないでしょうか?

軍事は、勝ち負けでしょう。
政治は、利害調整です。
法律は、正義ではありません。

わたしたちが、過去から学び、未来への智慧としたいのは、
そういった方法論ではないのではないか・・・、
彼は、そう云いたかったのではないでしょうか?

方法は、まだ見つかっていないでしょう。
しかし、その方法を模索し平和を希求することを諦めたくはありません。



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