本質より先に実存する

2015年11月15日 23:59

パリで起こった同時多発テロの犠牲者の数は、
報道がある度に増えたりして、未だに全容が判りません。

百数十人単位で亡くなった人がいるほか、
重傷者や重体の方も大勢いるようです。

それら一人ひとりの方にご家族がいることでしょうし、
ご友人や同僚も大勢いることでしょう。


これが、神の名の下に行われた犯行です。

しかし、
それは、神の名の下だから行われたのかもしれません。

神も仏もいないのか!
そう叫んだ人たちが、二度の世界大戦を経て実存主義を唱えました。

「人間は、生まれたら存在するが、実存の前に人間の本質というものはない。
 生まれた後に、その人間の本質が創られるのである。」

「本質より先に実存する」という観念です。

すると、
人の死もまた、その本質や価値は、
遺された人たちによって創られるということでしょうか?

なぜこのような理不尽な目に遭わなくてはならなかったのか、
なんの罪もない者が、なぜテロの犠牲に遭ったのか、
それを決めるのは、神や仏ではありません。

その意味を創造するのもまた、人間自身だということでしょう。

ことほど左様に、
人間が勝手に預言者の言葉を解してジハードだ聖戦だと云って
テロを起こします。

これもまた、
実存のあとから本質が創造された一例に挙げられることでしょう。


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