寝屋川の事件に想う

2015年08月22日 23:59

這えば立て、立てば歩めの親心。

しかし、
歩みだせば、転ばぬか足を痛めはせぬかと心配し、
独り立ちを邪魔します。

こうして、大事に大事に育てた子も、
世間に出てゆけば、どんな目に遭うかも判らない、
車が心配だ、川が心配だ、怪我が心配だ、友だちが心配だ。
子が生まれた幸せを裏返せば、心配の種が増えたのです。

この世の親や爺婆たちは、概ねそう考えていることでしょう。

そんなわたしたちにとって、
余りにも胸の痛い事件が起こりました。
寝屋川の中学1年生の女の子と男の子が殺された事件です。

神も仏もいないのかと思います。

12歳・・・。

これから先、
人生の辛苦を味わって、存分に幸福になるはずの命でした。

12歳で命を終わらせる人生とは、何なのでしょうか?
どのような意味を解けばよいのでしょう。

それがその子の運命なのだからとは、わたしは思いません。
それでは、この犯行を行った者の罪を赦してしまいます。

お二人は、理不尽にも殺されたのです。
絶対に、あってはならないことだったのです。

人間が、己の欲望に負けて人を傷つけたり殺めたり、
それも幼気な子どもの命を奪うなどということは、
絶対に、あってはならないことなのです。

そして、
容疑者が福島で除染作業をしていたという報道がありますが、
福島の各地で、懸命に作業を行ってくれている作業員の皆さんが
この件で、偏見の目で見られることがないことを願います。


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