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中庸

2015年06月27日 23:59

文字を読んだり、書いたりするようになった、
5歳のまご娘が、鏡文字を描くことがあります。

なんですか、
5歳児の成長期にあって、鏡文字を描くことは、
別段めずらしいことではないそうです。

おもしろいことに、
文字を正確に読めても、正確に描くことができないのです。

目から入った情報は、右脳で受容され、
やがて左脳に変換されて表現されるのだそうですが、
左脳が未発達なこどもは、しばしば右脳で感じたまま、
文字を表現してしまうのだそうで、それが鏡文字です。

そのことを以ってしても、
右脳と左脳のどちらかが重要なのではなく、
右と左の架け橋が重要なのだということが判ります。

文字

さて、
政権与党の若手代議士たちが集まって、
勉強会を開催した際の“マスコミを懲らしめるには発言”が話題ですが、
物事を右か左で分別することに慣れてしまった、或は麻痺してしまった、
そんな人たちのメンタリティーが問題なのであって、それは、
物事を、右脳でイメージしたとおりに表現してしまう5歳児と同じです。

これは、なにも右の脳で考えるから右だと云うのではありませんで、
左の人たちにも、申し上げたいことであります。

こういった代議士たちは、国会議員としては不適格ですが、
あえて申しあげるなら、天下国家を思考する人がわきまえておくべき、
中庸”という考え方、心得を知らぬのだと思います。

中庸”を、右と左の中間の“コウモリ”的に捉えるべきではありません。
中庸”を“バランス”と捉えるのも、正しくないと思います。

物事は、多くの場合に複雑で混沌として現れます。
年金問題然り、女性の働き方然り、子育て環境然り、
大震災の復興然り、原発問題然り、安全保障然りであります。

問題が起こるたびに右往左往し、すぐに賛成・反対を言う人がいますが、
事は、それほど単純ではないワケであります。

物事には、
その本質を捉えて向かわなくてはならないことがあります。
その本質に、なにを以って対処するかと云えば、
偏りなく、予断を持たぬ冷静さだといえるでしょう。

それこそが、
右脳と左脳の“夢の懸け橋”だと云えるのかもしれません。


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