不戦の誓い

2015年05月29日 23:59

国会で、
総理が野党議員の質問中にヤジを飛ばしたことが話題になっています。

またそのやりとりを切り口にして、ニュースで採り上げられているのですが、
こうして、なにを議論しているのかという重要な事が見逃されてしまいます。

ヤジなんか、議論の内容に比べたら、どうでもいいことなんです。


昨日、衆議院平和安全法制特別委員会は、
新たな安全保障関連法案に関する二日目の質疑を行っていました。

日本国憲法第9条
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


この日本国憲法下であっても、
個別的自衛権が認められてるというのが、従来の内閣法制局の見解ですが、
以下の通りです。

憲法前文で確認している日本国民の平和的生存権や憲法第十三条が生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利を国政上尊重すべきこととしている趣旨を踏まえて考えると、憲法第九条は、外国からの武力攻撃によって国民の生命や身体が危険にさらされるような場合にこれを排除するために必要最小限度の範囲で実力を行使することまでは禁じていないと解され、そのための必要最小限度の実力を保持することも禁じてはいないと解される。

我が国がこのような自衛のために行う実力の行使及び保持は、前記のように、一見すると実力の行使及び保持の一切を禁じているようにも見える憲法第九条の文言の下において例外的に認められるものである以上、当該急迫不正の事態を排除するために必要であるのみならず、そのための最小限度でもなければならないものであると考える。

「専守防衛」という用語は、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものであり、我が国の防衛の基本的な方針である。この用語は、国会における議論の中で累次用いられてきたものと承知している。

政府は、従来から、「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、(中略)そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思う。


それを、
現政権が立法化を諮る安全保障関連法案によると、
個別的自衛権による“武力攻撃予測事態”、“武力攻撃切迫事態”に加えて、
集団的自衛権による“存立危機事態”が加わりました。

日本と日本国民は、
過去の戦争の経験から、“不戦(非戦)の誓い”を立てました。

現総理大臣も過去には、
靖国神社に参拝の折「不戦の誓いを致しました」と発言していました。
(自民党は、2014年運動方針案の中の「靖国神社に関する項」で、
「不戦の誓い」と「平和国家」という文言を削除しました。)

七面倒くさい議論や解釈がつづいていますが、
それを紛争と呼ぼうが戦争と呼ぼうが、国際紛争を解決する手段として、
日本国民は武力を使わないと決めたのではないですか?
日本は、どんな理由があっても戦争はしないと誓ったのでしょう?
武力を使わない生き方を志向し、70年間実践してきたのでしょう?

これが、
こどもでも解る、日本国民のメンタリティーであって憲法解釈です。

でも、日本の国土に攻められた場合は、やむを得ず武力行使をするし、
そのための戦力は保持するというのが、歴代の政府と内閣法制局の見解だった筈です。

だったら総理、
なぜ竹島を実効支配させているんですか?

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