物語のつくり方

2015年05月21日 23:59

昨日行われた、国会の党首討論が話題になっています。

リアルタイムに観たワケではありませんが、
安倍総理大臣日本共産党志位和夫委員長との間で、
ポツダム宣言を巡ってのやりとりがあったようであります。

話題になっているのは、
ポツダム宣言に措ける日本の過去の戦争について、
志位委員長が質した総理の返答に関してであります。

志位委員長は、ポツダム宣言が認定している、
日本の戦争は“誤った戦争”で、“世界征服を企んでいた”、
という認識があるか、安倍総理に問うています。

それに対して、安倍総理はこう応えています。

「このポツダム宣言を我々は受諾をし、敗戦となったわけで御座います。そしていま、私もつまびらかに承知をしているわけではございませんが、ポツダム宣言の中にあった連合国側の理解、たとえば日本が世界征服を企んでいたということ等も、今ご紹介になられました。私はまだその部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりませんから、今ここで直ちにそれに対して論評することは差し替えたいと思いますが、いずれにせよ、先の大戦の痛切な反省によって今日の歩みがあるわけでありまして、我々はそのことは忘れてはならないと思っております。」

話題になっているのは、
「ポツダム宣言をつまびらかに読んでいない」
「承知はしておりません」という部分でしょうが、
わたしが注目したのは、
ポツダム宣言が、「日本が世界征服を企んでいた」と、
認定していたことであります。

1954年生まれの総理と、1956年のわたしは同世代でありますが、
わたしが、ポツダム宣言を“つまびらかに”認識していないことと、
総理が、“つまびらかに”認識していないことは同等ではありません。

ですから、
本当は、ポツダム宣言に書かれていることは、
安倍総理は、正確に認識されているのだと思います。

但し、それをその通りだと云うワケにはいかない。
かといって、その認識は違うとも云えないのでしょう。

日本が、負け戦を終わらせるためには、
不承不承、ポツダム宣言を受諾せざるを得なかったのですから。
そんなことは、解り切ったことです。

ただ、あの戦争を総括できなかった日本人が、
今更どんな物語を語っても、嘘臭くなってしまうでしょう。


物語は、つくられるものです。

どんなに、事実と違った物語でも、
それを話したり書いたり、繰り返しているうちに、
当の本人でさえ、それが恰も真実であるような錯覚に陥ります。

そうやって、
自らを誤魔化しながら、自らのトラウマを払拭しようとするのでしょう。

民主主義の旗手であるアメリカ合衆国が、
ネイディブアメリカンの虐殺や奴隷制度を払拭したいのと同じです。

しかし、無かったことにはできません。

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