逡巡

2015年03月26日 21:46

インディアン・ポイント①

4年前の3月11日の、あのときは、 
池袋のホテルを出発する成田空港行きのリムジンバスに乗るために、
そろそろ家を出ようとしているときでした。

翌3月12日にハワイで行われる予定だったフラのフェスティバルに
初めて参加するかみさんの生徒さんたちをアテンドする予定でした。

しかし、モチロン旅行は中止、フラ・フェスティバルも中止されました。

後に聴いた話によると、ハワイにも津波が到達するというので、
ワイキキでも、避難を呼びかける警報が鳴っていたといいます。

ハワイ行きを諦めたわたしは、トランクの荷物を片付けながら、
テレビの中継で、容赦のない津波の映像をずっと見ていました。
そして、原発事故が起こりました。

インディアン・ポイント②

3月26日、つまり4年前のきょう。

わたしは、
ニューヨークのマンハッタンの西を流れるハドソン川の上流
約60㎞に位置する、インディアン・ポイントの見えるところにいました。

インディアン・ポイントは、アメリカでも最も旧くから在る原子力発電所です。

インディアン・ポイント③

そのときは、わたしはまだ戸惑っていました。

日本の現状を背負い、インディアン・ポイントを見ながら、
それでも、まだなにか割り切れないものが残っていたのです。

それまでの人生で、特別になにも考えてこなかった怠慢な自分。
豊かな電力の恩恵を得ながら愉しんで生きてきた自分。
そんな自分に対して、忸怩たる思いもありました。

今更、手の平を返したように原発を批判できる自分なのか、
迷っていました。

「初めてのニューヨーク旅行が、原発見学なんてお気の毒」
などと、同行してくれた友人にも云われました。

それから、帰国して被災地に行く機会を得ました。

福島にも度々行きました。

また、そこで考えてしまっていました。

原発は無いほうがいい。
それは、そう云うことができるようになりました。

しかし、
福島に住んでいる方や、住んでいた方に、
福島には、もう住まないほうがいいですよとは、云えません。

もう4年経ちますが、
わたしの逡巡は、まだつづいています。

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    最新記事