楽し句も、苦し句もあり、五・七・五

2015年03月23日 23:59

楽し句も、苦し句もあり、五・七・五

東京やなぎ句会」という俳句の会があります。
1969年(昭和44年)から現在まで、毎月つづく句会であります。

入船亭扇橋永六輔小沢昭一江國滋桂米朝大西信行
柳家小三治矢野誠一三田純市永井啓夫神吉拓郎加藤武
といった12名の錚々たるメンバーであります。

宗匠は、入船亭扇橋さんということになっておりますが、
実質的な世話役は、柳家小三治さんのようです。

柳家小三治さんは、
雑司が谷のお蕎麦屋で何度かお見かけしたことがありますが、
いつも御一人で寡黙に蕎麦を召し上がっていらっしゃっていて、
近寄り難い雰囲気の方ですが、句会では若手ということもあってか、
タイヘンにこの、饒舌にお話しになっていらっしゃいます。

東京やなぎ句会のことは、
小沢昭一さんが、いつもかみさんの父にご著書を贈ってくださいましたし、
柳家小三治さんが、噺のまくらで話されることが多かったことから、
存じ上げておりました。

そして、先日亡くなられた桂米朝さんもメンバーだったようです。

東京やなぎ句会が、500回・42周年記念で出版された、
楽し句も、苦し句もあり、五・七・五
という、句のようなタイトルのご本があります。

その次の501回目の句会には、久々に桂米朝さんが出席されました。

2011年(平成23年)4月ですから、
東日本大震災原発事故が起こった翌月のことであります。

大阪からお弟子さんたちを5人くらい連れて、車椅子で出席されたようです。

ご本を読むと句会の最中は、あまりおしゃべりになっていません。
それでも楽しそうに参加されているご様子が伝わってきます。
どうも、お耳が遠かったようであります。

そのときに、皆に勧められて米朝さんが出した席題は「桜餅」。

米朝さんが、大阪からの土産に桜餅を持参されたかららしいのですが、
そうすると、それは上方の品ですから道明寺だったのかもしれません。

そのときに、米朝さんが詠まれた句が、
桜餅一つ残して帰りけり 八十八(桂米朝)
この句が、そのときの句会で天位を授かりました。

句を解説するのは野暮というものでしょうが、
どのような状況で、誰に桜餅を残して帰ったのか、なぜ桜餅なのか・・、
様々な想像を愉しめる一句だと思います。

そして、米朝さんが東京やなぎ句会の月の例会に参加されたのは、
このときが最後になってしまったようです。

桜餅皆に遺して逝きにけり 合掌 

東京やなぎ句会501回


楽し句も、苦し句もあり、五・七・五――五百回、四十二年楽し句も、苦し句もあり、五・七・五――五百回、四十二年
(2011/07/16)
東京やなぎ句会

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