「第五福竜丸」という映画

2015年03月01日 17:03

第五福竜丸

わたしがこどもの頃、
当時、母の実家は静岡県清水市の興津という町に在りました。

里帰りした母とわたしたちに、
祖母や伯母は、マグロの刺身を食卓に出してもてなしてくれました。

あのマグロは、たぶん焼津港で水揚げされたマグロだったでしょう。
あれは、まことに美味いマグロでした。

いまでも、
あの、母の実家でご馳走になったマグロの味を超える刺身には、
であったことがありません。

水爆実験

さて、きょう3月1日は、
61年前の1954年(昭和29年)太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁に於いて、
アメリカの水爆実験で、島民や日本漁船・第五福竜丸の乗組員らが被曝した
ビキニ事件」が起こった日です。

この水爆実験を、アメリカは「ブラボー実験」と呼びました。

原子爆弾1,000個分の爆発力をもった水素爆弾が炸裂して、
海底に直径約2キロメートル、深さ70メートルとも120メートルとも謂われる
クレーターを作った“実験”だったのだそうです。

この「ブラボー実験」が行われたときに、
危険区域と設定されていた水域の外にいた日本のマグロ漁船
第五福竜丸を始め、約1,000隻の漁船が死の灰を浴びました。
一連の実験で被曝した人々は2万人とも謂われています。


きょうは、映画「第五福竜丸」のDVDを観ました。

いま、戦争や特攻隊を描いて賞をとった映画がもてはやされいますが、
こんな時代こそ、映画「第五福竜丸」を観たいと思いました。

この映画は、第五福竜丸が被曝したビキニ事件が起きた後、
当時の映画界と各劇団・演劇界が協力して創りあげた作品です。
そして、事件から5年後の1959年(昭和34年)に公開されたのでした。

その映画には、
当時のスクリーンや舞台を彩っていた多くの俳優たちが参加しています。
当時の劇団と、その指導者たちが、挙ってこの映画を創りあげました。
この映画を観るたびに、そのことを思います。
映画や演劇の役割について考えます。

映画「第五福竜丸」


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