歌舞伎座の祟り

2015年02月23日 23:59

旧・歌舞伎座は、
老朽化のため2010年5月に建て替え工事を始め、2013年4月に開場しました。

世の中には、
工事に入って以降、歌舞伎界に不幸が続くので、祟りではないかと云う人がいます。

2011年の1月に、人間国宝の五代目中村富十郎さんが亡くなりました。
10月には、やはり人間国宝の七代目中村芝翫さんが亡くなりました。
2012年2月には、こちらも人間国宝の四代目中村雀右衛門さんが亡くなり、
8月には、市川染五郎さんが国立劇場の舞台で事故に遭われました。
11月には、市川段四郎さんと片岡仁左衛門さんが体調不良で休演され、
12月には、十八代目中村勘三郎さんが57歳で亡くなりました。
2013年には、柿落とし公演に出演予定だった十二代目市川團十郎さんが2月に急死され、
12月には、成駒屋の大名跡・中村歌右衛門の七代目を襲名すると発表された直後、
中村福助さんが倒れられました。

そして、昨夜報道されたように、
一昨日、十代目坂東三津五郎さんが亡くなりました。59歳という若さでした。

つまり、歌舞伎座の建て替え工事が始まって以降、
事故によるお怪我やご病気が4名、亡くなられた方が6名です。

いずれ劣らぬ大看板で、名優の誉れ高き役者さんたちですし、
歌舞伎界になくてはならない大きな柱だった方々でしたから、
祟り説が起こるのも、無理からぬことかもしれません。

人間国宝の御三人は、
80代・90代ですから、少し早かったとは思いますがそれなりのお齢です。

ところが、
十八代目中村勘三郎さん(57歳)、
十二代目市川團十郎さん(66歳)、
十代目坂東三津五郎さん(59歳)は、
平均寿命を持ち出すまでもなく、明らかに早すぎると思います。


さて、
話題を少し変え、歌舞伎役者の仕事について考えてみたいと思います。

歌舞伎の興行は、月ごとに約25日間、ほぼ毎月行われています。
それも、歌舞伎座はもとより新橋演舞場京都南座大阪松竹座では、
歌舞伎の常設小屋としてほぼ毎月のように歌舞伎興行が行われ、
それ以外にも大阪の新歌舞伎座博多座、名古屋の中日劇場
明治座三越劇場国立劇場でも歌舞伎興行が行われることがあります。
また、毎年お正月は浅草公会堂公演、夏には全国各地の公共の劇場を
3つの座組みに分かれて巡演しています。

歌舞伎役者と呼ばれる人は総勢約300人と謂われています。
日本中で約300人、世界中でも約300人しかいない小さな業界です。
その約300人が、各劇場に分かれて昼公演と夜公演を勤めているのです。

演目やお役にもよりますが、
人気役者であればあるほど、観客のご期待に応えて出番が多くなります。
飛んだり跳ねたり早替えしたり、ときには水の中に入ったり、
身体に無理強いすることも多々あるのではないかと思います。

三代目市川猿之助(現・猿翁)さんも、
2003年の博多座公演の途中で病が見つかり舞台を降板されました。
三代目が64歳の年でした。

数々の古典作品を復活させ、スーパー歌舞伎を創作し、
精力的に新しい試みに挑戦してこられた三代目猿之助さん。

主役を勤めるというだけでなく、通し狂言に拘られていましたので、
4・5時間かかる公演を、出ずっぱりで昼も夜も勤められたワケです。
毎日毎日、昼も夜もマラソンを走っているようなものだったでしょう。

八甲田山」とか「南極物語」といった映画は、
撮影が困難だったことでも、夙に有名ですが、
フィルムに焼き付けられた映像や演技は、繰り返されることはありません。

舞台は生ものです。
歌舞伎役者のお仕事が、いかに過酷なものか解るような気がします。

早世された歌舞伎役者さんたちの、ご冥福を祈ります。


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