馬鹿は死ななきゃ治らない

2015年02月19日 23:59



昨日のブログでご紹介した、
森の石松都鳥一家に殺されたと謂われている稲荷神社の、
前の道362号線を西に下ってゆくと、都田の町が在ります。

浪曲では「都鳥一家」「都鳥の吉兵衛」などと呼ばれておりますが、
実は、「都田一家」が正しいようで、その「都田の吉兵衛」の家が、
三方原台地から坂を下った処に在りました。

「在りました」とわたしが云うのは、
わたしが子供だった時分に、そこに在った朽ちた家が“それ”だと聞いたからです。
いまは、在りません。

いま“そこ”は、都田建設という注文住宅を請負う会社が建っている辺りです。

ちなみに都田建設は、
社長が「社員をバーベキューに行かせよう!」という本を書いて話題になりました。


社員をバーベキューに行かせよう!―結束と成果はこうすれば生まれる社員をバーベキューに行かせよう!―結束と成果はこうすれば生まれる
(2013/05/20)
蓬台 浩明

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さて、
だまし討ちに遭った石松が逃げ込んだ兄貴と慕う七五郎の家が在ったのが、小松村。

わたしが子供の頃は、浜北市小松と謂いましたが、
いまでは、浜松市に吸収されて浜松市浜北区小松と謂います。
稲荷神社からは、直線で東南に約5km行った辺りです。

一時は、小松村の七五郎の家に匿われた石松でしたが、
浜松へ行って医者に診てもらえという七五郎の忠告も聞かず、
仕返しをしようと再び閻魔堂(稲荷神社)に戻って行った石松。
石松を追う相手は10人。
石松が閻魔堂の裏に隠れると「野郎逃げるとは卑怯だ」の声に応じて
追手の前に飛び出して、・・・石松は殺されたのです。

“卑怯”なのはどっちだという話ですが、馬鹿は死ななきゃ治らない。

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