後の祭り

2015年01月06日 21:33

大震災が起こる数年前の3月、唐突に連絡をしてきた友人がいます。
その後、わたしが主催していた異業種交流会にも参加してくれました。
そのとき、住所と携帯電話の番号を教えてもらいました。

それ以来、お互いに連絡をとることもなく過ぎて、あの大震災が起こりました。
震災直後から電話していますが、連絡がつきません。
便りを出しましたが、戻ってきてしまいました。
携帯電話も、使われているのかどうか判りません。

彼は東北の港町の出身ですが、東京で働いていました。
ですから、震災当時は東京にいたであろうと思うのですが、判りません。


さて、人には、
親族でもなく、親類でもなく、友人でもないのに、
とても “ 他人 ” とは呼べないような人がいるものです。

わたしたちが、むかしから親しくしている高齢の人がいます。
義父の本家で、むかし家政婦をしていたという人です。
とは云っても、日常的に会ったりするワケではないのですが、
法事のときに遇ったり、年賀状のやりとりをしていました。

早稲田に在る「穴八幡宮」の、
一陽来復」の御守の御利益を教えてくれたのも、その人でした。

その人をGさんと呼ぶことにします。
そのGさんに送った年賀状が、「あて所に尋ねあたりません」
という妙な言葉使いのスタンプが押されて戻ってきました。

調べてみたら、迂闊なことに去年の年賀状も戻ってきていました。

齢90を過ぎた高齢のGさんですが、
独り暮らしの筈ですから、施設に入っているのかもしれません。
そう思いながら、御年賀を持参してお年始に訪ねました。

練馬に在る、1階に2部屋、2階に2部屋の小さなアパートですが、
どの部屋も留守のようでした。

そこで、お隣のお宅のインターフォンを押しました。
中から女性の声がして、用件を簡潔に伝えると、
「その方なら、お亡くなりになりましたよ」と、教えてくださいました・・。

そして、「表通りの○○というお店が、大家さんだから」とも教えてくださいました。

お礼を言って、そのお店に向かおうとすると、
わたしの話を通りすがりに聞いていらしたご近所の方が声を掛けてくれました。

明るく社交的なGさんのことですから、
さぞ、ご近所付き合いも活発に生活されていたのでしょう。
皆さん、ご親切にいろいろ教えてくださいました。

表通りに面した大家さんのお店をお訪ねすると、
ご主人が、亡くなったときの様子を詳しく話してくださいました。

それによると、
一昨年の7月の或る日、その前日まで大家さんのお店に顔を見せていたGさんが、
その日に限って顔を見せないので不審に思っていたところ、
その日は、Gさんの月に一度の往診日にあたっていたため、医師が訪れたのだそうです。

しかし、
ドアに鍵がかかっているのに部屋の灯りがついていることを不審に思い、
大家さんを呼んでドアの鍵を開け、皆で部屋の中に入って、
横たわって亡くなっていたGさんを見つけたということです。
室内にクーラーは設置されているものの、スイッチは入っていなかったようです。

Gさんは、享年94でした。

人は、やはり会えるときに会っておくべきです。
用がなくても、連絡をとっているべきでした。後の祭りです。

ことしに入って、早2度目の訃報です。

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