50年前の記憶

2014年10月10日 23:59

50年前ですから、わたしが7歳だった頃。
実家が、自衛隊浜松北基地に近かったこともあって、
試験飛行の様子を何度か見た憶えがあります。

子供のわたしには、旋回を繰り返す飛行機が、
一体なにをやっているのか解りませんでした。

その飛行編隊こそ、あのブルーインパルスだったのです。


ところで、
8歳の誕生日を前にしていたわたしにとっても、
東京オリンピックは、特別のものでした。

戦争と戦後を知らない子供でしたが、
確実に、あの時代の人たちはそれを引きずっていましたし、
それを抜きに、東京オリンピックを語ることは出来ないでしょう。

その1964年東京オリンピックの成功。
わたしにそれを、なによりも印象付けたのが、
開会式でのブルーインパルスの五輪飛行でした。


東京オリンピック開会式。

あれほど見事に翻った旗を見たことがないというほど美しかった
国旗、オリンピック旗、東京都旗の掲揚。

真紅のブレザーと白い帽子とズボンとスカートで入場した日本選手団。

天皇陛下の開会宣言。

1945年8月6日に生まれた聖火ランナーが聖火台に駆け上がり、
聖火台の横に立ち、聖火を持った右手を掲げ、点火。

オリンピック4大会で金メダル5つ、銀メダル4つ、銅メダル4つを獲得し、
「鬼に金棒、小野に鉄棒」と謂われた、小野喬選手の選手宣誓。

放たれた8,000羽の鳩。

そして、飛び立った鳩の群れの向こうに現れたブルーインパルス
そのブルーインパルス5機が秋晴れの空に描いた五輪の輪。


それ以降、何度もオリンピックの開会式の華やかな演出を観ていますが、
あの東京オリンピックの開会式に勝る感動はありません。

その後、
ブルーインパルス大阪万博でも"EXPO'70"という字を描きましたが、
その練習風景も、山のみかん畑から眺めていた記憶があります。

母が、「きょうは上手く描けたねぇ・・」と云っている記憶です。
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