「先生のオリザニン」

2014年06月16日 23:59

先生のオリザニン

唐突ですが、
貴方は、歩いて行進するときに、
右足と左手、左足と右手という組み合わせで、歩いていませんか?

右・左・右・左・・・オッイチ・ニー・サン・シー

「右!」というときは、
右の手が前に上がり、左の手は後ろ、
右の足は踏みしめて、左の足が上がっているでしょう。

この歩き方は、明治期に入ってきた西洋の軍隊式なのだそうです。
それまでは、所謂「なんば歩き」だったといいます。


さて、
日本の旧・軍隊は、
陸軍はドイツ式を、海軍はイギリス式を採用したと謂われています。

食事にしても、
海軍は洋食マナーを採り入れたのだそうです。
ですから、海軍では飯椀を左手で持たずに、
右手だけで食事したと聞いたことがあります。

食材にしても、
海軍では、肉やパンや麦飯を多用していたのだそうです。
結果的に「脚気」に罹る兵士が少なかったと謂います。

脚気」は、人が命を失う病気とされていました。
脚気は、天然痘結核と並ぶ三大病だったのです。

特に、軍隊では戦死者の数より脚気に罹る兵士が多いことが
深刻な問題と捉えられていました。
精米した白米を常食としたことによるビタミンB1不足でしょうが、
当時その原因は判っていなかったのです。

西洋でも、「脚気」の原因は細菌説が有力だったようで、
ドイツに留学した陸軍軍医・森林太郎(森鴎外)も脚気細菌説論者でした。

しかし、
イギリスで学んだ海軍軍医・高木兼寛は、ある推論をたてます。
脚気の原因は、その食事にあるのではないか」

後の時代になって、その推論が証明されるのですが、
それを裏付けたのが、鈴木梅太郎博士の研究成果でした。


脚気の原因が、細菌感染だとしても、栄養素不足だとしても、
いずれにしても、当時の人々にとっては、深刻な病気だったのです。

医師や研究者が、
なんとか原因を突き止めたい、患者を治したいと思ったのは当然でしょう。

究極の必要から生まれた成果だったのだと、思います。
名誉のためでも、ご褒美のためでもなかったでしょう。
ですから、「命を救える」と思ったことが優先してしまって、
「これは世界で初めての発見なのだ」と主張することは、
忘れていたのでしょうね・・・。

本来、仕事というものは、
その使命感が先にあるのであって、
肩書きや名声や名誉や権威やお金といった価値が優先されると、
理化学研究所に起こったフライングのようなことになります。

「先生のオリザニン」は、
鈴木梅太郎博士の後輩である、
そんな、現代のすべての科学者・化学者・医学者・技術者の方たちに、
観ていただきたいお芝居です。

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