「コーカサスの白墨の輪」

2014年06月10日 23:59

現在のウクライナ情勢と、
ベルトルト・ブレヒトの作品
コーカサスの白墨の輪」という戯曲を重ね合わせて、
去年亡くなった岩淵達治先生の考察を読み返しておりました。

岩淵先生は、
カットされがちな序景について、
寓意性を際立たせるために、
その上演の必要性を説いていらっしゃったのを思い出します。

この作品に描かれたコルホーズは、
共同体のあるべき形態として描かれているのですが、
そのコルホーズが、現実離れした“理想郷”であったことが、
歴史的に判明してしまった現代においては、尚更のことでしょう。


さて、
その「コーカサスの白墨の輪」という芝居のあらすじです。

或る国に貴族の反乱が起こり、領主が殺されてしまいます。
領主夫人は、産まれたばかりの我が子を宮殿に置き去りにして亡命してしまいます。
宮殿の召使いの女は、その子を見殺しに出来ず、赤ん坊を抱いて逃げます。
女は、子供の命を狙う追手から逃げながら、苦難を乗り越え子供を我が子として育てます。
内乱が収まり戦後になって、領主夫人が子どもを連れ戻しにやって来ました。
産みの親と育ての親、どちらが真実の母親か・・・
事の成否は、ひょんなことから裁判官にさせられた、酔っぱらいの男の手に委ねられました。
白墨で描かれた輪の中に子供を立たせて、
産みの親と育ての親が、それぞれ子供の腕を引っ張って、
引っ張り出せた方に子供を委ねるというものでしたが、
育てた女は、子供の腕が痛むことに心痛めて、手を離してしまいます。
しかし、その心情こそ、本当の親の証拠と判決されたのでした。



しかし、
やはりこれは、
現実離れした理想のおとぎ話なのでしょうか?

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